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社会的『親』

3月15日(土)
青少年育成連絡協議会主催の「綾部市青少年すこやかフォーラム」が市中央公民館で開催された。前日に続いて教育関係者が参加。

主催者の梅原昇連合自治会長の開会の挨拶に続いて、教育長から来賓の挨拶。
綾部中学校、豊里中学校の生徒会役員の皆さんや綾部小学校PTA会長の荒賀さん、保護司の大槻香代子さん、青年代表の西山さんが、パネラーとして、それぞれ意見を述べ、コーディネーターの京都教育大学杉本厚夫教授による講演へと移った。

杉本教授は、見て見ぬ振りをする日本人。コミュニティ機能や人との関わりを持つ機能が薄れている。

いまや、日本社会は、通勤電車の何もしていない普通の男の人が痴漢にでっち上げられ、警察も見抜けないくらい懐疑社会になってしまった。そんな状態でどうして、公的な仲良し関係が構築できるのだろうか?

コミュニティの範囲は、私的仲良しのみの関係(人柄)だけになっており、公的仲良し(間柄)の関係が希薄になっている。私的仲良しだけでは、関係が濃密になり息苦しくなってくる。地域の人々とのコミュニティ構築が必要。

だからこそ私的仲良しの世界へ閉じこもっていったのだと思うのだが。つまり、かつては、信頼と信用の世界だったのに、戦後の経済至上主義での個人競争社会からその後の評価社会の中で、お互いの人間関係は完全に冷え切って懐疑的にさえなっているのだ。

そして、地域の人々も、『社会的親』になろうと訴えられた。地域社会は相互に頼り頼られる関係を再構築し、信頼の社会を作らねばならない。と話された。

このようになってしまった社会で、具体的にどのように進めるのが良いのか、考えなくてはならない。が非常に困難だ。

青少年育成連絡協議会や綾部市・綾部市教育委員会でも今日の訴えをどのように実践に持ってゆくのか、考えてゆかねばならない。事務局の教育委員会はご苦労だが、育成協は社会教育関係団体の代表者の集まり。議論をして実践の活動提起をして欲しい。

しかし、今日の話を聞いて、具体的にどのように進めるのか私なりに考えたが、実践の難しさを痛感した。これだけ、私的仲良しが多い社会。公的仲良しは弱体化している。とにかく話しかけることから始まるか。
するとやはり朝の挨拶の実践。その次には、社会的親の実践活動。放課後子どもプランへの参加者数の増加。子どもとのお話し会の開催。夏休みのラジオ体操の大人の参加実践運動。自治会では子ども会の活動への参加や納涼祭など地域行事活動の活発化。などなど。うんうん結構あるな。


午後4時過ぎ帰宅。あまり綺麗な春の夕方。花粉飛散で、夜が心配だが、5時まで、青野町・弥生団地の政経懇の会員さん宅へ総会の案内を配布。自転車で1時間。気持ち良い春の夕方だった。

『畝ごしらえ 畑の主人 春はそこ』 
 

 そうですか、ジャガイモはもう少しですか。(主人)芽が出たころに霜が降るでなー

by ando-ayabe | 2008-03-15 23:40 | 日々の生活  

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