<   2014年 04月 ( 19 )   > この月の画像一覧

 

花と緑の由良川花壇展

4月29日(火)
 みどりの日の朝。雨が降っている。新芽が吹くのにはちょうど良いか。今日一日の行事が心配だ。
午前4時起床。1994年の4月の日記を読み返してみる。第1回由良川花壇展を開催した時の日記だ。財団法人綾部市みどり公社の設立2年目。数年前、大阪花の万国博覧会以降本市でも「花と緑の都市モデル事業」を実施していて、その流れで当時の市長から公社設立を命じられ、公社設立。様々な都市公園管理をはじめ、都市緑化事業を展開。葉ボタン展に続いて、花壇展を開催。当時は一過性のイベントだと先輩職員や当時の三役さんから批判されたが谷口市長は一貫して支持してくださったと当時の事が書かれている。花壇展などというイベントは、横浜など大都市でしか開催しておらず、当時は理解されなかったのだろう。

時代の要請でもあった。都市緑化の市民活動が進みつつあった。あれから、21年目を迎えた「由良川花壇展」多彩な花壇が造られ、市民参加の花壇展が更に広がっている。当時はファミリー花壇と協賛企業花壇、学校花壇、日本庭園など特設花壇だけだった、花壇も、幼稚園・幼児園・保育所、自治会連合会など造り手も広がっている。それぞれ工夫をして花壇づくりがされていた。
f0111128_21385018.jpg
幼稚園児が作った花壇には、父母だけでなくおじいちゃんもおばあちゃんも見に来られる。3世代にわたって花壇展に来場する層が厚くなる。「由良川」と言うネームバリューも生かして更に近隣市も協力いただける花壇展になればさらに良いと思う。
f0111128_21354016.jpg
雨が降った花壇展。開会式はちょっと残念だったが、期間中たくさんの皆さんに来場していただきたい。夜の風で、花壇の飾り物が心配だ。
f0111128_21383021.jpg
 本日の最初の仕事は、午前5時 熊野会館で開かれている倫理実践の会の「朝起き会」に参加。四方府議と、木下市議が出席。
今朝は創立祭。「感謝の心」「人間力」をテーマに10人近くの会員さんが、実践発表をされた。午前6時 会は終了し帰宅。

 朝食を作って、午前9時前に家内をお茶会の会場へ送り、その足で由良川花壇展の会場へ。開会式はテントで。雨が降ったり止んだりで主催者も気を揉むような天気だ。
f0111128_21390464.jpg
数年前から、「丹の国まつり」の開会式も同時に開催され40年の歴史を紹介しておられた。かつては、紫水ケ丘で、つつじ祭りとして開催されていたが、その後、西町で、現在の祭りとなった。
f0111128_21381340.jpg
綾部地区仏教会主催の稚児行列・花祭りも同日開催され、雨が降ったりやんだりの天気ながら、久しぶりに西町界隈はにぎわっていた。
f0111128_21374501.jpg
屋台も出ていたが、福知山の火災の事例もあり、綾部市消防本部が、それぞれの屋台の消火器具び備え付け状況や火器の点検に回っておられた。
f0111128_21375903.jpg
花祭りは、お釈迦様に感謝する行事で、今年の当番は井倉町にある心伝院さんが当番とのこと。10時から1時間足らずで、テント3張りを建て、会場準備をされたとのこと。ご苦労様です。

午後、あやべ踊りの発表会がITビルで開催され参加する予定だったが、毎年参加しているので今年は許してもらった。

風雨がひどい中、家内を茶会の会場へ迎えに行き、茶道具を倉庫に収納するのを手伝う。

後はますます風雨が強まったが、簡単な外食をして帰宅後、ハガキなど20枚作製し、今日の作業は終了。





[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-29 21:41 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

広い商圏を想定

4月28日(月)
子どもは褒めるのが良い。なかなか難しい子どももいる。登校時に、そんな子供には、「ようがんばっとるな~」と褒めてやっると、頑張って低学年を指導できる。家庭でも、叱ったり催促ばかりするのではなく、優しい言葉をかけてやって欲しい。

午前10時半。自治会用務を済ませ、「京 綾部ホテル」へ。福知山のとある団体から面会の依頼があり、お話をお聞きした。面識のある方で、私が市の企画課課長補佐で「ニューメディアコミュニティ構想」を策定していたころ、たぶん平成3・4年ごろか。福知山市でもCATV化へ向け情報化政策を推進していた当時係長さん。現在は退職し団体の理事をしておられた。既に綾部市にも提案されており、なるほどと言う良い提案だった。もう少し、過去の質問答弁の状況を調べて、6月議会で、質問をしようと思う。27年度からでも実施に向けて準備してほしいし、難しいのなら、何処が困難か、永年の懸案事項でもあり、この際はっきりと方向づけを示してもらえるよう、6月議会までまだ時間があるので研究をしたい。

お昼に別れて、午後は、福知山市のある会社へ。ここも、海の京都事業として、共にタッグを組んで地域産品の開発販売を提案いただいた。昨今、綾部だけの地域産品ではとても、観光客のニーズにはこたえられない。例えば「丹波栗」「マツタケ」[地酒」「地ビール」などなど、大丹波の発想や海の京都のエリアの発想も必要だ。お互いの相乗効果こそが必要だと思う。ま~暫く動いて見ないと判らないけれど、産業まつりでも海の京都的な連携を取っていたようにも思う。以前、伊根町から来てもらって「海の幸」を販売してもらった時期もあった。顧客は、最近は行動半径も広くなっている。20kmエリアで、産品を収集販売すると言うのも良いのではないだろうか。

先日。元学校長がお話しをされていた。保護者に「校区外へ遊びに行くときは、保護者の許可を得て」と文書を送付したら、「例えば、岡町と宮代町は隣。そんな場合はどうなの?」と聞かれたと。つまり、綾部ブランドと言っても、私市の筍は報恩寺の筍とどこが違うのと言うところか。余り「綾部」にこだわることなく、近隣都市の産品も大いに活用すればよいと思うのだが。もちろん、地元産が無ければの話だが。

経済活動のエリアは行政エリアとは一致しないことは承知の事。商売をされている人は、福知山でも舞鶴でも、売れるとなれば、行動を起こす。綾部の人もそれに負けないような行動が必要。売れるとなれば、どんどん近隣の商業者と連携しビジネスチャンスを生かせばよいと思う。
午後4時帰宅。自宅で、本山参拝の精算書を作成。







[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-28 23:11 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

安珍清姫鐘供養

4月27日(日)
毎年恒例となっている顕本法華宗本山妙満寺の春季大法要に今年も、了円寺から檀信徒22名が参加。世話役副会長としてコンダクターを。

数年前から、ビーエス観光の種清君に旅行企画を立ててもらって、今年も楽しい本山参拝が出来た。

朝、午前7時北都信金前を出発。午前9時半に比叡山を借景に立つ本山妙満寺へ。
f0111128_00351734.jpg
素晴らしい好天に恵まれ法要日和だった。上の写真は本堂から比叡山を望む。
下の写真は、松永貞徳作「雪の庭」
f0111128_00353107.jpg
午前10時からの法話に続き、午前10時半から法要第2座。今年もトヨタ自動車創業家から豊田正二郎ご夫妻が参列された。本当に豊田家は信心深い御家族だ。忙しいだろうに、きちんと法要には参加される。
f0111128_00355015.jpg
法要終了は午前11時その後、仏舎利塔前での法要。休憩をはさんで、正午からは、安珍清姫の鐘法要。妙満寺に安珍清姫の鐘があるのには謂れがある。
f0111128_00361528.jpg
元々、本山妙満寺は、戦国時代。室町に塔頭寺院が立ち並んでいた。その頃、紀州粉河寺にあった安珍清姫の釣り鐘は、その昔、安珍・清姫の怨霊がついて、鐘が響かなかったと言う。その後、戦の陣ぶれの鐘にも使われたが、流れ流れて、京都のまちへたどりつき、怨霊鎮護の願いをこめて妙満寺の門前に捨ておかれたとのこと。妙満寺で、霊を慰め法要をした
f0111128_00364258.jpg
ところ、鐘の音が清らかになり始めたとの謂れがある。

それ以後560年。妙満寺において、法要を営んでいる。その後、豊臣秀吉が、室町にあった妙満寺を寺町に強制移転させ、昭和43年京都市役所拡張によって、現在地へ移転したとのこと。
f0111128_00345886.jpg
何と歴史のある話か。そして、歌舞伎・能で安珍清姫を舞う役者は、必ず参拝に来るようになったとのこと。

今年も、法要の後に、「成駒屋」三代目中村橋之介が来演。歌舞伎舞を奉納された。その後、トークショーがあり、ちょうど、豊田正二郎氏がおられたので、3月にテレビ放送された「リーダース」の収録秘話など話され、楽しいトークショーを聞くことが出来た。

午後1時20分。妙満寺を後に、二条木屋町「がんこ高瀬川二条苑」で昼食。角倉了以の屋敷に端を発し、明治時代は元老山縣有朋の別邸だとか。税サ込で4千円は安い。

午後2時50分。嵯峨野駅へバスで移動。
f0111128_00370040.jpg
綾部に住んでいて、トロッコ列車に乗った人が少なかったので、プランに入れた。行楽シーズンで満席。予約を入れておいて良かった。

嵯峨野駅から馬堀駅まで25分の旅だったが、また違った趣で皆さん満足。

午後4時帰路について、綾部着は午後6時過ぎ。お年を召した方もいて、おくたびれだったが、好天に恵まれて皆さんご満足いただけたと思う。

地域活動や団体の活動にも積極的に協力することが、市民の皆さんの声を聞く機会にもなる。今日も、ある地区の市道舗装の悩みを聞いた。政治・行政が絡んだ事案だが、一向に解決しない。なんとか出来ないかとのこと。地域の議員さんに頑張ってもらわねばならないが。






[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-28 00:38 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

仲間

4月25日(金)
午前中は、26日に開催されるあやべ太陽の会役員総会の内容について、波多野議員とk会計の新川さんと創政会の部屋で最終調整。市長が当選して以降4年間太陽の会役員総会の段取りを一人で進めてきたが、昨年から波多野議員も新川さんも手伝ってくれることとなりとても心強い。

午後は、議会運営委員会。議会報告会の最終調整。あとは5月8日の全員協議会で提案し、合意が出来れば12日からの議会報告会に臨むのみとなった。

ほぼ30分で議会運営委員会を終了。引き続いて「会派代表者会議」議会推薦の農業委員の人選について4会派(創政会・民政会・新政会・共産党)の代表者と協議。

何時だったか、市民新聞コラムかな?で「市議会の会派は不要だ」と唱えておられる登校者がおられた。
 会派は、それぞれ議員が政策研究をしていく上で大きな力を発揮している。一つの課題の研究をするにも多くの仲間の知恵を重ねることでどんどん政策が熟成されていく。それが会派であり、成熟した政策議論が成立することを御存じないのだろうと思う。

議員は個々に自分の考えを議会で主張でき、そこで議論をすることも良いことだと思うが、一人の考えは所詮一人の考えだけであって、十分政策として熟成されているとは言い難い。経験則だけでは、独りよがりの政策提案でしかない。また仮に一人で考え(思い)を高めていく(募らせていく)ことができたとしても、それは、まともな政策に練り上げるには時間のかかる話で、研究し、調査しそして政策を練り上げねばならない。今日のように多くの政策課題を議論し熟成させていくには、会派でのそれぞれの議員の専門性を共有し会派内で議論を熟成させ政策提案をすることが重要となると考えている。

もちろん一人の会派の議員もおられるが、それは、上部団体の政党の中で仲間と議論をされた上で、議会で主張されており、そのことと、たった一人で議会で自分の考えの正当性を主張するのとでは少し異なってくる。よほど、論理的にも突き詰めて、研究を積み上げて、政策提案しなければ、議会で、あるいは市政に反映(政策実現)できるようなものにはならないのではないだろうか。2元代表制は、執行部と議会との政策競争の一面もある。単に執行部の提案する内容を丸呑みするのでもなく、又なんでも反対するのでもない。より市民のためになる方向へ政策議論する場こそが議会の役割なのではないだろうか。
私が幹事長をさせてもらっている創政会では、労組や企業、農業、政治・行政、民生、いじめや虐待、平和運動、消防・防災等の経験者の議員が会派に属している。会派内で一つの問題を突き詰め、議論をして議会で政策論議している。会派の役割は、議会での議論を高めるための政策議論の場ではないかと思う。そして同じ方向にベクトルを向けて、執行部と政策競争を行い、市民の具体的な要望実現を勝ち取っていく場ではないだろうか。

 今回の議会推薦の農業委員の選考。何人かの候補を選考し、議長と事務局で選考した方々の意向を把握してもらうことを会派の責任者4人が決定した。これが仮に会派を無くして18人がそれぞれ主張をしていたら所謂「船頭多くして船山に上る」の例えとなろうし、人事案件でもあり情報管理の観点からも、会派の責任者と協議するのが得策なのだ。

話は戻して、午後2時半に代表者会は終了し、太陽の会の最後の準備を済ませ、後は副幹事長の波多野議員に任せ帰宅。午後6時福知山へ。自家用車のエアコンが故障し前日修理に出しておいたが、整備完了したので取りに出かける。

4月26日(土)
午前9時「京 綾部ホテル」へ。太陽の会の役員総会。準備は2時間。受付は何時も無理の言える皆さんにお願いした。午前11時開会。四方八洲男前市長(太陽の会最高顧問)をはじめ110名の皆さんが参加してくださった。幹事長の私から、平成25年度事業報告と平成26年度事業計画案を提案し承認された。役員では副会長の㈱タマヤの野崎社長が交替されたので、後任に同じく新社長の熊内得二さんを選任した。山崎市長の同級生でもあり頑張っていただけると確信する。懇親会では、綾部の歌手、橋本やすこさんも協力いただいて楽しい懇親会となった。
f0111128_22563913.jpg
午後1時半。会の途中だったが、退席させていただき、家内に送ってもらい綾部混声合唱団が上林松寿苑で開催する合唱ボランティアへ。少しお酒が入っていたので、合唱に集中できなかった。ごめんね おじいちゃんおばあちゃん。

午後4時 同じ町区の合唱メンバーの和茂さんの自動車に乗せてもらい帰宅。少し休憩を取って午後6時半。自治会組長会。4月の初会合なので重要な会合。夕方同級生から、又太陽の会役員総会の流れの数グループから2次会へのお誘いがあったが、事情を話してお断りする。

午後7時半 組長会。それぞれ自己紹介し、1年間の役割などを話し、連絡事項も話し、午後8時過ぎに終了。組長さんは全部で34組あるが欠番もあり31人。組長さんに当たるのは10年に1回。大きな組では30年に1回と言う組も。組長経験は初めてと言ってもいいくらいの方たちばかり。役員が丁寧に説明し、前任の組長さんとも相談してくださいとお願いし別れた。久しぶりに組長さんを経験された方は、組長にも役割があって、青野町の自治会もずいぶん変化していると驚いておられた。大きな自治会なので、みんなで協力しなければコミュニティが成り立たないのでご協力をお願いした。









[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-26 22:57 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

遊びの城サポーター 意気軒昂

4月23日(水)
朝からメールが入った。東神宮寺自治会から。早速懸案もあり何カ所か調査へ。自家用車がガス欠寸前だった。早速GSで給油。その後、綾部駅北へ。歩道上にコーンがいっぱい置いてあって異様な感じ。水夢の利用者から「子どもを迎えるにも建物前にコーンが並んでいて雨が降ったりしたら不便。なんとか従来通りの利用が出来ないのか?」との問い合わせ。
f0111128_01053420.jpg
調査すると、確かに歩道上にも、建物前の敷地との境にもコーンが。見れば「綾部市のコーン」これはさすがに「異様」。 会社にお聞きしたところ「歩道上に自家用車や、㈱水夢の送迎バスが横付けしていたが、万が一歩道上で歩行者と事故を起こした時の責任を警察から問われ急遽敷地と歩道境にコーンを設置した」とか。
f0111128_01085082.jpg
しかし、市内の商店街でも国道府道沿線でも、歩道を横切り、私有地に入る車は存在する。歩道を自家用車が利用するのは確かに危険だが何処でも注意してし敷地内へ進入している。それなら、駅前ロータリーの歩道を切り下げし車道から水夢の敷地に進入する道路を市道管理者と協議して整備すれば良いと思う。もう何年も前から、水夢の利用形態は変わっていないにもかかわらずここへきて何故突然にそんな指摘をするのか?それならなぜ今日まで危険なことを放置してきたのか?今回指摘した側?警察?道路管理者?の長年の怠慢ではないか?
 ㈱水夢の利用者にとっては寝耳に水。ある日突然使用禁止を言い渡されじゃあこれまではどうだったのか?と言いたい。
 赤いコーンが駅まで並んで「異様」な光景は、見苦しい。
現在、水夢では対策を検討中とのことだが、行政も一緒に考えるべきだ。早急に方針を出して改善してほしい。

続いて、神宮寺へ。市が管理している山の神池から流れ込む水路の陥没と排水口の改善の要望。担当課に問い合わせたところ、承知していて対応してもらっているとのことだった。確かずいぶん以前に改良してもらったはずだ。
f0111128_01062177.jpg
続いて、山の神池の排水枡のネットの網目をもっと細かくしてほしいという要望や山の神神社の社殿前の水路が未整備で、豪雨時にあふれ出して、人家に被害を及ぼすので掘削できないか要望。自治会の野間さんと現地立ち会い。直ちに監理課へ出向いて課長に要望と調査を依頼。
f0111128_01064497.jpg
秘書広報課へ立ち寄り太陽の会の役員総会時の市長の市政報告の資料を貰い、昼食後午後1時半から市民センターへ。
「リサイクル推進員総会」に出席。たくさんの皆さんが、参加しておられた。皆さん3Rを理解していただき、研修をしておられた。午後3時に終了。

市役所まちづくりセンターで、綾部小学校遊びの城サポーター会議へ。長い間お世話になった市教委の担当者の城崎さんが担当を替わられ、福井さんになるとのこと。何時もチャッチャと仕事をこなし、サポーターのリーダーの女性たちとも仲の良かった城崎さん。欠席ばかりの私をよく「いじって」くださったが、替わられるのはとても残念。それでも同じ職場にもおられる。新しい学校の担当でがんばってください。拍手でお送りした。
f0111128_01054934.jpg
今年は40人ノサポーターで運営するとのこと。対象の綾部小子どもたちは160人余り。1学期をどう運営するか班別リーダーの選出や遊びの内容を相談したり。子どもたちに昔遊びをしたり、工作したり、色々な遊びを教えながら健やかに育てていく。自分たちも元気を与えてもらう。なごやかなうちにも中身のある議論を午後6時までした。皆さん積極的で、しかもゆとりを持ってサポーター活動を務めておられる。私は6月議会や議会公務の関係で1学期7回開催予定の内2回しか出席できないけれど、「よしよし」と許していただけるあたたかいサポーターさん達です。感謝。
f0111128_01060514.jpg
午後6時に帰宅し、夕食を済ませ、午後7時から公会堂で、自治会役員会。新しい役員さんも2名加わり、色々とお話しをさせていただいた。午後9時終了。





[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-24 01:16 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

余波

土曜日に了圓寺青年部の年間事業計画の協議をしていたら、今年から西町土曜夜店が開催されないらしく、それに伴って「西町寄席」や「朝顔市」も止めることになった。

永年続いた西町土曜夜店がなくなることはとても寂しく残念なことだ。もう何年続いたことだろう。綾部の夏の宵の子どもにとっての楽しい夜遊びだった。土曜夜店から水無月花火大会へと続いた。子どもはわくわくしたものだ。

翌日、商工団体の関係者の方に電話して状況をうかがったが、詳細は不明だった。
土曜夜店廃止の背景には福知山での花火大会の火災事故にあるのではないだろうか。
夜店に屋台はつきもの。万が一屋台から火災が発生し、被災される人が出た場合、主催者責任も問われることになるかもしれない。屋台の出展業者の指導監督が主催者に求められれば大変だ。西町商店街の店舗の減少も主催者には負担増になって夜店の運営自体が困難となってきたのかもしれない。
時代の流れとして仕方のないことかもしれないが、残念なことだ。

月曜日には、市の担当部長に聞いてみたが、まだ新しい情報で把握はしていないようだった。福知山では、花火大会は今年開催されないとのことで、綾部の水無月花火大会はどうなるのだろうか。余波は大きいものがある。

西町寄席も、ほとんど、お寺の負担で、採算は全くあっていなかった。朝顔市も関東の朝顔市のようにはいかなかった。売れない。関東の朝顔市では、一鉢1500円~2500円で販売されているが、とてもこの地域ではそのような価格では売れない。しかし一鉢最低でも500円~700円は仕入れがかかる。それでも売れない。仕入原価でも売れないから赤字。「おそれ入谷の鬼子母神」には朝顔市はつきものだが止めにした。新たな文化を関西でも作ろうと企画したが残念。しかし鬼子母神大祭とお茶席だけは続けることに。

4月21日は、天候が悪く小雨の一日。午前中、宗派の本山参拝の出席者名簿を作成。21人が参拝していただける。目標に4人届かないが致し方が無い。

午後はデスクワーク。夕方、太陽の会の懇親会の件で問い合わせあり、ホテルへ同行し対応。
午後6時半。ITビルへ出かけ、「自民党未来を語るセミナーVOL.5」を開催。八幡市選出の中川貴由府議の講演。テーマは「丹波栗を活かした農業・農村の経営」。中川府議は全国トップシェアの栗の水煮缶詰め業を営んでおられ、栗の流通業界に精通しておられた。中利缶詰㈱の代表取締役社長。

栗の流通に関するいろいろな話をしてもらった。お菓子屋さんも出席していただいて有意義なセミナーだった。後日福知山の栗菓子の生産販売している会社の社長からも、お礼の電話がかかってきた。早速ビジネスパートナーとしての話も出ていた。流通の観点からみた農業農村のあり方、農業政策に対する所見。面白く、腑に落ちる話だった。

特に、農業をビジネス的視点で見直す重要性を説かれた。これまでの意識として、ビジネス的視点で農業は見られていなかった。農地保全。集落とのしがらみ。色々な観点から農業を見ざるを得なかった。しかし、ドライに、ビジネス的視点で見たときに、どうすれば採算割れしない農業を構築するか。という観点から考える必要はある。何時も農業補助金の話が出されるが、一旦補助金は度外視して、ビジネスモデルを作ることが重要だ。と。
その通りで、とても参考になる話だった。

「栗」の単作ではビジネスモデルは困難だが、例えば、集落の共同経営的な発想で行くと、結構な地域産業として考えられるのではないか。あるいは、年金プラスαとして考えられると思う。
栗の反収20万円~40万円を1ha程度、集落全体でまとまれば、地域の共同収入として財源が出来るし、自治会費くらいには十分なるのではないか。

「丹波栗」は、この地方にしかなく、地域ブランドとしてもっともっと生かせる産物だと言うことだった。ただ、加工にコストがかかるのだが、それでも、良品なら、どんどん買いたいと話されていた。中国産や韓国産ではなく、日本の丹波産の丹波栗が必要だそうだ。
「丹波栗御殿」は無理としても、集落全体で取り組めば、「丹波栗の里」として、有名になれるようにも思う。そこで、栗を加工して特産品にするなり、「栗狩り」「栗ごはん」など販売も村の力で取り組む。とか。何処かの集落が名乗り上げてほしいな。

「自民党未来を語るセミナー」四方幹事長の提案でスタートした。最初は少し心配をしていたが、なかなか良い企画だったと、今になって思う。
f0111128_21264109.jpg
 様々なテーマで、引き続いて多彩な講師を招いてこのセミナーを継続したいと思う。

セミナー終了後、会費制で、講師を囲む会を西町のレストランで開催。帰宅は午後11時。

4月22日(火)
朝、起きるのがつらかったが、子どもが待っている。見守りに出かけた。
娘が京都へ帰るので駅まで送り、午前10時から太陽の会の役員総会の進行について会長の会社で協議。
午前11時半 京綾部ホテルへ行き、太陽の会の配席について最終調整。

午後0時から、京綾部ホテル友の会の春の食事会に参加。源ちゃん、八重乃チャンや寛女さん、幸チャンなど知り合いばかりだったが、楽しいひと時を過ごした。シェフの春の新作コース料理の食味会(もちろん会費制)で、報恩寺の筍や水源の里などの山菜、舞鶴の新鮮な魚など旬の材料を使った春のコース料理。美味しかった。是非法事やパーティでご利用いただきたい。貴重な綾部のホテルのご利用を是非お願いしたい。

堤防を歩いて徒歩で帰宅。午後2時から5時まで休憩し、午後5時から7時まで家庭菜園で除草や夏野菜の畝作り。アスパラの収穫。たくさん収穫できた。自宅へ帰りトウモロコシの播種(野菜ポットへ)













[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-22 21:32 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

シンポジューム「土・水・火・空」を問う

4月19日(土)
「綾部魅力の会」に誘われて、土曜日はシンポジュームのお手伝いをさせてもらった。1年前、世界救世教鎌倉教会から松田妙子様や、カルト教団の被害の弁護などテレビで有名な紀藤正樹弁護士などが「綾部のパワースポット」について研究に来られた。その際、2日目の京都北部のパワーポイントを訪ねる旅に同行させていただいて以来の御縁で、今度は、関東から200人もの信者さんをお連れになり、綾部で、シンポジュームをお開きになった。不思議な力を秘めた綾部の地で、開催することに大きな意味があるとのこと。

午後1時から、受け付けや会場準備を手伝い午後3時から午後6時までシンポジュームに参加した。
f0111128_15564699.jpg
パネラーは、日本でも高名な宗教学者島薗修氏をはじめ、東京で阿修羅展を企画された興福寺国宝館館長の金子啓明氏、昨年もお越しいただいた紀藤正樹氏、地元から四方八洲男前綾部市長の4人。鎌田東二京都大学教授のコーディネートで宗教的観点から今の社会を見つめ、未来への提案をして行こうとする試みと言うことだった。それと共に、島薗進氏を代表とする「新日本研究所」設立記念の趣旨も込められていた。

それぞれのパネラーのお話を聞いていたが、私のような凡人には理解を越えたパネルディスカッションだった。

宗教は、例えば、私が信ずる仏教の精神と、例えばキリスト教の教えには異なりがある。かつて、仏教が栄えた時代に民衆の心をつかんでいたかどうかは、疑問も残る。当時キリスト教が耶蘇教として日本人の心にも浸透していった。そこには、既存仏教が衆生を救済していないという現実があったのではないだろうか。

ちょうど今、テレビで「黒田官兵衛」を放送中だ。比叡山の僧兵と織田信長との闘いをはじめ、一向宗石山本願寺での戦い。イエズス会が静かに布教を広めていた時代。しかしその後、豊臣秀吉によってキリスト教弾圧が。権力者は武力によって宗教弾圧をする。

明治時代には、廃仏毀釈によって国家神道を広めた。言わば権力者の思う国造りのために、宗教を利用したと私は考える。本来宗教とは、衆生の心の救済を目的としているのであって、権力者の想う国造りに利用されるべきものではない。

二度の大本弾圧の地綾部をもっと世界に知らしめるべきだと、紀藤弁護士が話された。国家権力にとって意にそわない宗教は、戦前には弾圧の対象とされた。そして、現在でも、世界各地で宗教上の争いは絶えることが無い。今日のシンポジュームでは、世界連邦都市綾部の意義や仏像阿修羅と宮沢賢治の類似性など、難解な話だった。

「山川草木悉皆成仏」全てのものに霊はあり、そのことを認め、感謝をすることから仏教は始まる。オーストラリアでは、牛はたらふく食べてもクジラは駄目だ。まるで、クジラには魂があって、牛には魂が無いと言いたげなキリスト教文化。それよりも、全ての生物いや石ころにまで魂はあってそれぞれ役割を果たしているとする仏教の教えの方が、人類には必要なのではないだろうか。それこそが、天地・万物・宇宙への感謝の心を養うことになる。と思うのだが。

午後6時 了圓寺の青年部の定期総会がお寺と亀甲家であったので参加。活動計画を協議し、宴席に移り、お願いをしたりお話しをしたり。午後11時お開き。

4月20日(日)
 昼前から家内の姪の結婚式が福知山であり、家族で出席。新しい親戚が近くにできた。近々、私の同級生とも回り回って親戚になるとか。嬉しいことだ。若い人たちが企画した披露宴は楽しい。パターゴルフ大会まであって来賓も親族も一緒となった結婚披露宴だった。
f0111128_15574943.jpg
夜は体育協会の総会があったが、欠席。家内の実家へ出かけ、結婚披露宴の二次会。

帰宅は10時。















[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-20 23:05 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

壮行会

4月15日(火)
今日は腰の調子も良い。朝から暖かい。午前中家庭菜園へ出かけて、雑草削りに精を出した。隣接する方々にご迷惑をかける。まだまだ除草しなければと思うが、腰が痛くなった。

すっかり春になって、「島溝」の水路にも用水を送れるようになった。18号台風での復旧工事も終わったようだ。水路の泥上げ作業は、「絆ボランティア」府地域力再生事業で実施。イモリや巻貝も見られた。冬の間どこに隠れていたんだろう。
f0111128_18043650.jpg
畑の畝を起こしていると、土の中で眠っていたゲロゲロが、目を覚まされたと言うような不満そうな顔をして睨んできた。
f0111128_18042017.jpg
我が家の庭にはチューリップが今を盛りと。家に入ると家内がもう皐月の飾りつけを
していた。
f0111128_13465332.jpg

そうだな~もう4月も半ば。5月はすぐそこまで来ている。
夏も近づく何とやら♪また暑い夏が近づく。
f0111128_13462069.jpg
午後1時半。市民センターの連合自治会長会議へ。議会報告会の日程・回覧チラシについて、連長さんに説明と協力のお願いに。

午後2時 用事を済ませ、一旦帰宅。あんどう新聞が届いた。二つ折りし、明日から配布しようと。
f0111128_13432508.jpg
午後4時。議会の会派の部屋で待ち合わせ。波多野議員と4月26日開催の太陽の会の総会の配席について相談。

午後6時前に広小路へ。創政会の恒例行事。3月に市役所を退職した部長クラスの元職員さんとの意見交換会。労をねぎらい「盃」を交わす。色々ご意見をお聞きした。もちろん会費制。それぞれ第二の人生は様々だが、何時までも元気で頑張ってください。まだまだ役所の部長さんとしての気概と信念を持っておられた。



[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-16 18:02 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

ふきのとう10年の歩み

4月14日(月)
午前9時来客。市内の歴史と由緒あるお寺の稲荷神社の落慶法要について相談を受ける。
午前10時。あんどう新聞4・5月号の最終稿を校正し印刷屋さんへ。引き続いて徒歩で、京綾部ホテルへ。由良川。穏やかな春の川
f0111128_08541811.jpg
非営利特定法人ふきのとう法人設立10周年記念式典があり出席する。

元理事長福井高子さんが、数人の仲間とたちあげられ、奥上林から山家、綾部へと、施設や事業を拡大され、今日では70人ものスタッフを抱える大きな介護法人へと発展された。
f0111128_08530062.jpg
山崎市長の祝辞に続いて、四方元市長の乾杯のあいさつで「小さく生んで大きく育てる」まさにふきのとうは、福井理事長を先頭に心を一つにしたスタッフの地道な努力によって大きく育った。
f0111128_08533400.jpg
たゆみないご努力に心から敬意を表するとともに、今日を節目に、更に高齢者サービスの充実へ向け、更なるご尽力をお願いしたい。

午後2時中締めがあり、徒歩で、自民党事務所へ熊内さんと。午後4時まで驚きの話を聞いたり話をして帰宅。

午後7時から、青野町合唱団「ブルーフィールド」へ。約20人の皆さんに参加いただいて今夜も思いっきり歌を歌って楽しいひと時を過ごした。合唱団へは本年度から2万円の同好会補助金を自治会予算で編成した。
f0111128_08552926.jpg
午後9時半帰宅。

[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-14 23:44 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

野田町井根山へ

4月13日(日)
同級生に頼んで参道を作ってもらってから1年が経つ。野田町の自治会長さんから、都市公園井根山の秋葉神社の祭礼が高齢化で困難となった。なんとか、トップカーで山頂の神社へ荷物を運びたいが、参道の幅が狭く上がれない。なんとか1m程度に拡幅してくれないか。
f0111128_23150530.jpg
市へ掛け合ったが、神社の行事に公金は出せないとにべもなく断られた。いくら神社の祭礼とはいえ、井根山公園全体を整備したのは綾部市なのに、その山頂への参道を重機で数メートル開削するだけの簡単なことが出来ないのが役所仕事。
f0111128_23153023.jpg
祭礼には市の消防署や消防団も参加する。江戸時代、綾部の大火を鎮めるために町名主らが金を出し合い須知山の山頂に神社を建立した。その後、井根山まで社を下し、野田町の奉賛会が営々と春の祭礼を営んできた。野田町の方々も高齢化した。綾部町内の名主が建立したものなので、綾部全体で維持する方策がないかと相談も受けた。
f0111128_23154623.jpg
ともあれ、もうあれから1年になる。野田町の皆さんは今年もトップカーを山頂に上げ、正暦寺玉川住職の執行により祭礼を営むことが出来た。

午前10時からの祭礼に先立ち、午前9時から熊野神社の月次祭の準備で熊野神社へ。30分間だけ準備をして、井根山へ。山頂への道には歌碑句碑が並び、ミツバツツジも満開。山頂へ導いてくれる。
f0111128_23302433.jpg
午前11時。井根山を下山して、山家広瀬の山家城址公園の桜祭りへ。こちらには、観光課の職員が休日にもかかわらずバスの添乗をしていた。約800人の参加だったようだ。地域の皆さんの切実な話もお聞きすることが出来た。空家の問題は深刻なようだ。
f0111128_23163126.jpg
午後1時半。家内に迎えに来てもらって帰宅。山家地区の皆さんご苦労様でした。
f0111128_23165908.jpg
しばらく休んで、午後6時公会堂へ。平成26年度自治会総会へ。決算報告と予算案の説明をさせていただいた。皆さんご了解をいただきご承認いただいた。7年間勤めた会計を山口和茂さんに交替してもらった。副会長を務められた山口昭雄さんも退任され、後任には、田口生夫さんが勤められることになった。私も引き続き、自治会庶務と自治会費収納担当として役員を継続することとなった。

午後9時帰宅。自治会の会計を7年間勤め、会計決算報告も無事終え、肩の荷が少し下りたような気がする。







[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-13 23:19 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)