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始動・自治会組長会

4月26日(木)
今日は、雨が降るものとばかり思っていたら、降らない。前日お寺の世話役会会長のTさんが、「安藤はん。明日空いてますかい?」との電話。「え~またですか~」、猪か鹿に食べつくされた妙見堂の竹林。再度挑戦と言うことに。

ところが、今回は大量。大きいものや中くらいのもの、40本程度収穫。今回は、まともな筍を3本を成功報酬出いただく。
しかし、急な斜面を上ったり下ったり、つるはしで、掘り起こすのがとても大変で、実は2度と行きたくないと思っていた。しかし、今回のように収穫があると、急な斜面も苦にならない。高齢者ばかりの集団を率いるので、結局筍の袋もつるはしも全部自分で持つことに。くたびれた~。帰り際。「次はいつ行ってですい?」「え~。まだ行くの」008.gif

午前12時1日の仕事を終えたような気分で帰宅。マーケットで、うどんとカレールーを購入し、カレーうどんを食べて、午後1時、綾部中学校へ。綾部中学校同窓会から綾中PTA活動への事業支援について協議。新任のI野教頭と、前任のK林参事と同窓会副会長のI井君と4人で協議。一定額を支援しようと言うこととなった。学校の様子を聞いたが、始業式後は、落ち着いているが、少しくたびれている子もいるとか。五月病が出なければいいのだが。
同窓会は長い間休眠状態で、ようやく火が付いたところ。これから少しづつ動かしたい。

午後2時 議会事務局へ立ち寄って、政務調査費の科目の修正をお願いされた。「あ~またまた安藤の得意のチョンミス」

午後3時 帰宅。作業服に着替え6時まで、夏野菜の苗を畑の畝に植え付け。トマトの雨よけハウスの骨組みまで完成し、後は、サツマイモ・スイカ・ウリ・カボチャの畝作りで、後は施肥のみ。T中元先生の奥さんが、(この方も元先生だから、T先生でもいいか)トマトにはたくさんの肥料をやると、草ボケするから少なめに。とアドバイス。そういえば、昨年草丈ばかり伸びて、実がならなかったのもあった。そうだったのか。これも勉強の一つだ。自宅へ帰って、主婦の友社の「野菜50の育て方のコツ」(私の家庭菜園のバイブル)を読んでみると、同じことが書いてあった。それで、トマトは、少し傾けて植え付け、根付きを良くし、肥料はほとんど施肥せずに植え付けた。元肥えも施さず。さて、どんなトマトができるやら。1本98円・198円の苗からデルモンテの298円の苗まで色々8本植えた。

午後6時40分。夕食を早く済ませ、公会堂へ。一人で組長会の準備。せめて、第1回目の組長会くらいは早い目に来て、皆で準備したいな~。7時半から第1回組長会議。自己紹介や、行事の説明をして質疑。私は今年も会計・公会堂管理・防犯灯管理を担当するので、それぞれ、公会堂の使用の仕方や、防犯灯が切れたときの対処方法について説明した。また、自主防災会や文化体育委員の今年の計画説明に続いて、民生児童委員も4人出席いただいて、自己紹介や担当区域、職務の紹介をしていただいた。組長さんも3人欠席されただけで、会場は満席。約40人近くの皆さんが集合し、組長会は好スタート。
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by ando-ayabe | 2012-04-26 23:52 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

大道廃有仁義

4月25日(水)
第2班(木下芳信・西田正行・波多野文義・高橋輝・村上静史・白波瀬均・堀口達也・吉崎久)の東日本大震災調査も今日まで。とにかく各被災地で気が抜けない、重い現実を見て回る調査活動だ。議員として必ず目にしておかねばならない現実がそこにある。緊張しどおしの調査活動だった。

あれから1週間が経過するが、福島原発問題にしても、今政府が躍起になって進めようとしている大飯原発3・4号機の稼働問題にしても、現地現場で、見てきた者としては、「はいそうですか」とは行かない問題だ。

50年経過しても、自分の土地に帰れないようなことが、発生するかもしれない『原発』の災害を、1年で、安全ですね~なんて言えるわけがない。いくら、地元住民の原発依存があったとしても、何の関係もない住民が、被災するかもわからないのに、「地元の皆さん大変ですから協力しましょう」なんて言えるわけがない。

「産業に影響が出る」とも言われているが、たとえそうであっても、エネルギー政策を転換すると言って、政府が大宣言をした:浜岡原発を停止してでも脱原発宣言した民主党政権が、まだ舌の根も乾かないうちに「電力が足りなくなるかもしれないので、危険だと思うけど、たぶん安全だろうから、当面原発を再稼働させてください」と言っているのだ。枝野経産大臣に至っては、「再稼働反対だ」「いや昨夜考えたら、少し言いすぎた。今は安全が確認できたので、とりあえず再稼働させてちょうだい」などと言っているのだから、国民が納得するはずもない。政治家はこの程度なのかと国民はもうすっかりバカにしている。だからむしろ、「スパッ」と言い切る橋下人気が上がるんだ。

連休明けたら、議会全員協議会で、今回の現地調査活動の報告会が行われる。もうすでにレポートは提出したが、第2班の報告を待って全協で、議会の議論を統一しなければとも思う。

今朝は、F女さんから、仕事や人間関係の悩み相談。それぞれ悩みは尽きないけれど、ポジティブシンキングで、頑張って今を生きましょうよ。とアドバイス。30分間の電話。

その後、市道青野豊里線工事概要 地元説明会の案内文書を作成。26日の組長会で、配布願う。

午後1時半から、「綾部市リサイクル推進員総会」
会場は一杯。412人にリサイクル推進員として委嘱状を交付。内265人は、新任の推進員さんとか。ご苦労様です。
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市長から委嘱状交付と挨拶。原発問題に関する市長のスタンスや震災ガレキ問題に関する取り組みについて説明。クリーンセンターの構造的な問題で、綾部市が、焼却処分の支援ができないこと。また、埋め立てごみに関しても、新最終処分場の建設の最中で、旧施設の寿命の関係で現在庁内で検討中との話だった。
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市勢要覧やオンリーワンパンフ、綾部の昔話冊子、特別市民の募集について、市長自らPR。最大のセールスマン。同日にはマユピーや消し太君、綾ちゃんのぬいぐるみが新聞に掲載されていた。
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環境市民会議の会長が高澤さんから中村孝行さんへ交代されたのか、壇上の来賓席でご挨拶された。
高澤さん、長い間ご苦労様でした。
役員は、多くの人々が交代でやっていくのが良いと思う。色々な自主的団体があるけれど、何十年と尽力いただいているリーダーもいらっしゃるが、それも、ほどほどが良いと思う。(ほどほどの程度は個人差があるが。)いくら余人をもって代え難しとしても、長い間代表者をやっていると、それで当たり前のようになってしまう。リーダーの代わりはいくらでもいると思う。民主主義の原理としても、一定の任期で後任者へ交替するのが良いのではないか。長期政権は北朝鮮ではないけれど独裁体制になってしまったりマンネリ化を招く。チェックが働かずお任せ民主主義になってしまうこともある。まわりで、噂が立つのが聞こえてくるようになったら、もう旬は過ぎたと思うのが良い。

話は元に戻して、リサイクル推進員、説明者の前田担当長の説明は解り易く、説得力のある話術だ。役所言葉で話すのではなく、出席者にわかりやすく説明していた。
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問題は、リサイクル推進員の多くが、男性で、ごみを分別しているのは、日常の家事をする女性が多いこと。
女性にどのようにこの話を伝えるのかと言うことだ。たとえば、ごみを⑤パーセントカットするには、各家庭で、1週間2回の収集日に、45kgの袋を2回出すとしたら、1回は、30kgにしてくださいね。と言う話は判りやすい話だ。そこを実際にゴミを出す女性にどう伝えるのか。もっとリサイクル推進員に女性を推薦するよう自治会に働きかけてほしい。たとえて言えば、半数は女性を推進員にしてくださいとか。

古紙回収保管庫設置費補助金の実施団体が18団体と、相変わらず伸びない。あれだけPRしてもらっても伸びない。どこに問題があるのか、一度徹底して検証してはどうだろうか。

青野町では、組長の半数を「衛生委員」として割り当てし、月に1回の資源ごみ収集日には、使役していただいている。意識の啓発だ。

ストックハウスを使わなくても、集会所の軒下を借りて資源回収をしている自治会もある。

綾部市資源ごみ回収補助金も同様だ。これほど有利な補助制度。PTAの回収では追いつかないのが現状。住民の要望にこたえるためにも、自治会で、婦人会で、資源回収活動を推進してほしいな~。

前田担当長が、ごみ袋は結んで出してほしいと説明していた。以前から、結びにくいポリ袋問題を提案してきたが、一向に改善されない。頑なに近い状況だ。結べない量を入れてごみを出すなと言いたいのだろうけれど、ガムテープで、封して出している人もいる。ごみ収集の作業員がパツカー車へ投入しにくいとか。

それなら、3月議会予算総括でも提案したが、京都市のようなごみ袋に替えることをお奨めしたい。

午後3時過ぎ、推進員総会は終了。フライパンが燃えるごみで出されることが無いよう。リサイクル推進員の活躍を期待したい。かく言う私も青野町自治会リサイクル推進員なのです。

夜久野町の福祉センターに合唱のときの蝶ネクタイを置き忘れていたので、とりに行く。ついでに、農匠の里で、野菜の苗を購入。

帰宅は午後5時。
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by ando-ayabe | 2012-04-25 23:38 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

アンデパンダン

4月24日(火)
朝は、少し肌寒いが、もう初夏の勢いで気温が上がる。黄砂も飛来し、花粉の粒と中国の砂が混ざって、眼の球を取り出して、蛇口からほとばしる冷たい水道水で、ガーゼで、洗いたい気分。それとともに、鼻もしんきい。鼻の穴に、ミントの冷たい風を送り込みたい気分。

前日亀岡で、登校途中の子どもたちの列に車が飛び込んで、大惨事になった。それを子どもに話すと、わざと危険なことをする子がいた。大人の言うことを反発したい気持ちが強いのか、冗談が冗談でなくなる日が来るぞ。と言いたいが、止めておいた。ますます反発してふざけて事故でも起こったら大変。粘り強く指導してやろうと思う。その点女子はちゃんと手をつないで登校してくれた。男子は駄目だな~。

午前9時。石原の実家へ義母を迎えに行き、京都市美術館へ。義母の義姉のS女史(80歳で、国際情勢から経済のことまでとても詳しい元経営者)が老後の楽しみに始めている油画を初めて出展したので、見に来て頂戴とのお誘いを受け、家人と3人で、京都へ。
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京都市美術館2Fで、「新美2012公募展」が開催されている。パンフレットには、『新美』とは、アンデパンダンの精神に基づき、自由に自己の世界観を作品に表現することを目的とする美術団体で、作品は、絵画、書、工芸、彫刻などの多くのジャンルを持ち、専門家から、アマチュアまで、幅広い人々で構成されている。と書かれている。そもそもアンデパンダンとは、独立している。どこからも束縛を受けていない。と言う意味で、1884年パリで、既成のアカデミックな権威に束縛されずに保守的であった、官選のサロンに対抗して、当時無名で新進気鋭の画家たちが創立した美術家の団体とその展覧会のことを意味する。と書かれている。
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「新美」の結成は昭和42年。出展は、無審査で賞は無い。自由でいかなる権威にも振り回されない公募展。

いろんなジャンルの作品が並ぶ。京都ならではの「染め」や「木工芸」紀行文などなど、自由に自己表現された作品ばかりだ。芸術家は、体制批判も当然自己表現の一つ。政治に絡む部分も有のようなところもあるか。
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抽象画あり、中世を彷彿とさせる写実派あり、書道あり、水墨画あり、写真あり、漫画あり、川柳あり……。
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叔母さんに都メッセで昼食をごちそうになり午後2時に別れる。京都市内はクーラーがいるほどポカポカ。京都市内は火曜日だと言うのに、どこも混雑していて、中心部のタカシマヤも駐車場は一杯。

阪急京都店(四条河原町)のところに、東京のマルイが出店してタカシマヤと連携して、河原町界隈に人を呼び込もうとの意気込みかいつも以上に人が混んでいる。どおりで駐車場混んでたの?

夕方、西日を受けながら、5時に綾部にたどりついた。ジュンテンドーで、野菜苗を義母に選んでもらい、苗を植える準備完了。

午後7時半。青野町自治会役員会。所定の協議ができた。今夜は文化体育委員6人も出席し、青野町の文化体育行事の開催日程を調整。それに先立って「市道青野豊里線」の事業計画説明。課長や担当長など出席してもらって道路計画法線の説明を聞き質疑。まだこれから、事業が進むほどに課題の洗い出しも必要となるかもしれないが、5月中旬に、関係する住民への説明会を開催することとなった。平成9年に青野中央線の一部廃止に伴って、その代替条件で、青野町から提示されていた「青野豊里線と郡是裏線の市道改良」が具体的に動き初めたことになる。大変意義深い。それにしても、当時グンゼは、青野中央線を宅地の一体利用するために廃止してほしいとの条件だったのに、未だに一体利用していないのはどうなっているのだろうか。そのために青野町は中心市道を切断され、分断された西側住民は、公会堂へ行くにも、保育園へ行くのにもグンゼを回り込むようにして、回り道をすることになったのに。そんな話が地元の住民から出るような気がする。
町内の市道路線認定申請に関する調査測量費の支出に関しても、役員会で了解いただいた。先へ進めたい。
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by ando-ayabe | 2012-04-25 01:02 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

夏日?暑い~

4月23日(月)
前日、M商事のGSで、灯油一缶買って来たばかりで、もう今朝は、5月の連休中のような暑さ。
午前中、山崎ぜんや青野町後援会の役員・会員有志の方々への案内状や返信はがきを作成。約40人分作成し封入作業。続いて、げんたろう新聞に折り込むあんどう新聞を作成・印刷。
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折り込み作業。昼食後、新聞や案内状をまとめてポスティング。一度にできたが、汗・汗・汗
1期目の折り返し、2年が経過し、地元でも、シッカリと山崎市長の取り組みを理解し、後半の2年を支えたいと申し出があり、急きょ後援会の皆さんへの市政報告会・交流会を開催することに。「安藤も東日本大震災調査報告をヤレ」とご命下も受けている。

午後2時帰宅。団扇で涼を取って、続いて近くのJホームセンターへ。鶏糞5袋、苦土石灰1袋、花と野菜の土1袋、播種用容器2ケ、ビニールポット100個、トマト用らせん支柱(これが高い。1本680円3本買うのが精一杯。それでも順次そろえて、これで、10本ぐらいにはなったかな~)きゅうりの種。全部で、5200円とは。家庭菜園も金のかかるこっちゃの~。まだ苗は買っていないのに。
トマト(桃太郎)の接木苗は1本198円てか。エ~ッー)005.gif
で、午後3時畑に鶏糞を置いて、帰宅し、庭で、昨年保存しておいた、タイガーマスクメロン、オクラ、白ゴーヤー、切り花の播種。一応ポットに播種できたが、発芽するかな~。節約節約025.gif

午後4時。Yかかりつけ医で、薬をもらう。先生に叱られた。022.gif注意、注意。

午後5時から7時前まで、健康づくりも兼ねて、家庭菜園で、鶏糞や化成肥料を畝に施肥。元肥えとしてすきこむ。これで、夏野菜の準備は完了。あとは、苗を購入し、植え付けるだけ。029.gif
ジャガイモの芽が出てきた。もう少し大きくしてから、芽を間引く。今年は「キタアカリ」と言う品種にした。柔らかくて美味しいという話。でも、ある人は、味噌汁にしたらすぐに溶けてしまうとも。で、畝を少し起こして土寄せしておいた。

夕暮れになって、近くの畑のオジさんが「もうええ加減帰えろか~」と。今日は、午前中から昼過ぎまで、政治活動をして、夕方、家庭のことをした。

夜。Y副自治会長から稲荷神社の行事の取り決めのことで☎あり。皆さん歳をとってこられて、色々聞かれることが多くなった。(こっちだって歳をとってきているのに~)
明日の自治会役員会は、重要な会議だ。①市道認定の件。②市土木課も来ていただいて市道青野豊里線の拡幅改良工事の地元説明の事前協議。③備品等の購入計画。④稲荷神社社務所屋根改修工事・公会堂電気工事の協議。⑤自治会分割に関する検討会議の方向性を協議。通常の役員会よりも大切な会議になる。

暑苦しいので、ピンクからブルーへスキンを衣替え。よろしく006.gif
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by ando-ayabe | 2012-04-23 20:36 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

夜久野グリーンビラ合唱訪問

4月22日(日)
午前中は、連休中の行事の段取り。午前0時18分。遅くなった。ガソリンを入れて、文書投函を2件して、夜久野へ。コンビニで昼食(サンド)を購入し、車中で食べる。綾部混声合唱団の毎年春の恒例行事。老人介護施設で昔懐かしい歌を15曲程度披露。皆さん昔を思い出すのか、懐かしがって一緒に歌ってくださる。
指揮者のU原さん。「入所者と同じ年頃の団員もいる綾部混声合唱団デス。」って。誰のこと?
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歌を歌うことは、脳の活性化に良いはず。施設へ入所されている方々も、日常ぜひ歌って脳を活性化させてほしい。
青野町自治会では、毎月1回公会堂で老人会を開いておられる。古い機械で歌を歌っておられる。先頃開催した自治会総会で新しいマイク・スピーカーを一式購入することを承認いただいた。早速そろえたいと思っている。

老人クラブ連合会でも合唱団を結成されて国民文化祭にも出られた。カラオケもよいけれど、楽譜を読んで、みんなと声を合わせる合唱もぜひ興味をもってください。

童謡や唱歌を披露して、時には演技?パフォーマンスも折り込んで、皆さんを和ませながら1時間半。拍手喝さいでオシマイ。帰り際、団員の石原さんと四方さん、夜久野高原の桜を見たいとの申し出。府林業試験場へ道案内。写真は、合唱団の石原さんと。
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そこで、懐かしい府の職員さんに出会う。境さんだ。覚えていてくださって、声をかけてくださった。産業担当部長時代。いやもっと前だったかな~。綾部農改だったか、振興局農林課時代だったかな~。本庁でも世話になったと記憶している。林業専門の技師さんだった。今は和知と、夜久野の府の施設を両方見ているとおっしゃっていた。

昔の仲間はありがたい。三春の「滝桜」の話しをして、枝垂れ桜とソメイヨシノの違いや桜は、「接ぎ木」が主流で、種をまいて育てるのは、交配の状況で、枝垂れになるか他の桜になるのか判らないとのこと。などなど丁寧に教えてくださった。

桜は、もうピーク。土曜日は6000人が来場したとか。今日は落ち着いて見れる状態。まだの方はもう一両日ならOKかな?

午後5時前に帰宅。
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by ando-ayabe | 2012-04-23 00:46 | 文化体育活動 | Trackback | Comments(0)  

筍・旬

4月19日(木)
18日 東北地方の震災調査を終え、帰宅したのは午後7時。とてもくたびれていたのか、風呂へ入ってぐっすりと眠り翌日はさわやかな目覚め。

午前中、約束をしていた「ふきのとうデイサービスセンター・みかた」へ。Sさんから、施設の前の国道の歩道のインターロッキング舗装の補修の依頼を受け、同じ町内の国道維持管理事務所へ。写真を示して、修理をお願いした。さて、修理してくれたかしらん。
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その後、視察報告書を作成するため、パソコンの前へ。夕方まで。ブログにアップ。
夜は、午後7時から綾部踊保存会の特別練習へ。4月29日の丹の国まつりの芸能発表会出演のめの練習。そのあと午後8時過ぎから、綾部混声合唱団の練習。これも4月22日夜久野グリーンビラ(老人介護施設)合唱訪問の最終練習日。

4月20日(金)
午前10時から、市役所建設課で、市道編入や境界画定作業について協議。青野町内で昭和49年当時、民間事業者が宅地開発し、分譲した物件について、区域内の道路の権利が開発業者のままになっており、このままでは、建物の建て替えや宅地開発に支障が出る。開発業者の法人清算までに市道認定をしてもらいたいと要請。急いで、境界画定作業をすることとなった。青野町の長年の課題でもあり、ここへ来て、ようやく解決につながる。ありがたいことだ。
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そのあと、総務課・議会事務局などへ立ち寄って、議長と協議。提案書を社長に話していただいたようだ。感謝する。昼前に四方府議事務所へ立ち寄って、東北調査の概要を報告。3セクのこと、ガレキ問題など。

午後は、引き続き、ブログへの書き込み作業。
午後6時からお寺の青年部の定期総会に出席。午後7時から懇親会は「ふしみや」。消防団や農林課が歓送迎会を開いていた。A消防長やN団長などが部屋の外から見えたので、乱入。東日本大震災の消防団の活躍について報告した。消防団は市民の安全安心のためになくてはならない組織だ。行政もシッカリとサポート体制の確立が必要だと思う。
少し痛飲したので、風呂も入らずに就寝。

4月21日(土)
今日は、ライオンズクラブの3・3・5・C地区の総会で、宝ケ池国際会議場へ行くのだが、昨年も参加しており、今年は欠席させてもらう。
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午前9時半T開発で、境界画定の費用の見積書をもらい、午前10時から昼まで、お寺の竹やぶで、タケノコ収穫。世話役のT口さんと2人。ここ2年ばかり、イノシシにすっかり食べつくされて、まともな収穫がない。今年も小さなタケノコを10本程度収穫しお寺へ納める。おすそわけをもらった。今年も相変わらず猪に狙われて、小さいうちからやられていた。おすそわけして頂戴したタケノコをもって帰って、家人が皮を剥いたところ、手に載るほど小さなタケノコが残った。
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トウモロコシの種から芽が出始めた。夏にはおいしいトウモロコシ出来るかな~
午後は、風がきつく花粉症患者には最悪の一日。すっかり家に閉じこもった。
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夕食は、若竹煮とカレーライス。久しぶりにゆっくりできた。
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by ando-ayabe | 2012-04-22 01:07 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

原発事故対策視察

4月18日(水)
今回の調査活動のもう一つの重要な内容である。福島第1原発事故による自治体の対策について、調査研修するため、福島県田村市を訪問。前泊の福島県郡山市から、バスで、移動30分。
田村市は、平成17年(2005年)3月福島県田村郡5町が合併した都市。人口は約4万人、面積は、450平方キロメートル。征夷大将軍坂上田村麻呂にちなんで田村市と命名されたとか。西側に隣接する大熊町、浪江町は、原発による全損避難を余儀なくされている町に隣接している。原発からは、20km圏~30km圏を有し、今回も避難対象となっている。
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田村市役所は、旧田村郡船引町にある。地震復旧対策や避難者対策で多忙な中、時間を作っていただいて説明を聞いた。対応していただいたのは、生活安全課の西田係長。
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東日本大震災の地震そのものの影響は、先の岩手県よりも大きな被害を受けている。バスで到着した町なかにも、屋根にブルーシートのかかった家屋もある。その点が岩手県とは異なる。

地震被害は、それほど甚大ではないとの話。人的被害は、死者1名、負傷者5名。物的被害は、道路366か所、公営住宅22団地73か所、上水道施設121か所、学校64施設、農林施設被害は323か所などとなっている。人的被害が少ないのは幸いだった。家屋の全壊は、12世帯、半壊が144世帯。一部損壊は2842世帯となっている。

地震被害が比較的少なかったため、3月11日には、職員はいったん帰宅している。しかし、3月12日土曜日午前7時に全職員に招集が掛かっている。と言うのも、同日午前5時44分、第1原発10km圏内に避難指示が発令され、隣町の大熊町から、避難者の受け入れの要請を受け、避難誘導に当たるため、職員の招集をかけている。

しかし、午後6時には、避難区域を20km圏に拡大。大熊町だけでなく田村市都路地区の住民も避難誘導しなくてはならなくなっている。12日夜には、隣接の大熊町だけではなく、南相馬市、浪江町、双葉町、富岡町、楢葉町、など、総数7257人の避難者を受け入れている。

その後も、原発は、爆発を繰り返し、福島県知事の命令で、20km~30km圏内の住民に屋内退避指示が出されている。その後の経過を震災復興ビジョンの資料から読むにつけ、担当市の職員が大変であったことは想像に難くない。

今回の震災対策の教訓として何点か挙げられた。
①消防団員の指揮命令系統による避難誘導は、本当に助かったこと。各地区消防団員が、避難者の誘導を行うときに、各家々に人が残っていないか。また、避難所への避難者誘導・人員把握に関しても的確に指示が伝わり、スムーズな避難誘導ができたことを挙げられた。

一方、市役所の災害対策の反省点として、
①実際に動ける災害対策本部を作る必要があった。特に、役割分担の明確化では、個別の氏名までかきいれた対策本部づくりが必要だ。
②日常の市民も含めた災害危機管理意識を向上させる必要があった。

と述べられた。おそらく想像するに、消防団と市役所の違いは、指揮者の判断と的確な指示だと思う。決して田村市だけの問題ではなく、一般的に消防団と役所組織の違いだと思う。
消防団長とそれを取り巻く幹部団員の判断と信頼の元消防なら動く。一方市役所の職員は、与えられた、役割分担表に基づいて、その部分では的確にこなしていくだろうが、災害は、それほど、セオリー通りにはいかない。時に臨機応変の対応が必要になる。その時に、判断する、指示を出す、行動する、その流れが、信頼と目的意識をもって行動できるのかにかかっている。

ルーティンワークばかりしている職員が、非常の際は、ルールにないことも、行わねばならないことを、誰の判断でするのか。そこは組織の日常の組織活動での柔軟さ。目的意識の中での組織目標の設定などによって、養われてくることだと思う。消防団にできて、役所にできない理由。大きな目標は、「路頭に迷った人々を安心して避難所で生活できるようにどう助けるのか。」この1点で消防団員はどんなことでも、相手の側に立って行動する。一方役所組織は、縦割りで、縦割り以上のことは行動できないので、そこに差が生じるのだ。

それをどう打ち破って組織行動を非常時に行うのか。どこの自治体でも抱える課題だと思う。

色々なことを学ぶことができた今回の研究調査活動。今後の議員活動に生かしたい。

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帰る途中、福島県三春町の1000年桜があった。まだ、桜は蕾膨らむ状態だった。早く東北の地にも、被災者の方々にも温かい春が訪れる事を祈って福島を後にした。
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by ando-ayabe | 2012-04-20 16:20 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

復興の希望

4月17日(火)
大船渡市を後にし、陸前高田市へ。
これまで視察を続けてきた岩手県の三陸海岸最大の被害状況だ。面積を見ても、一面が土地区画整理をしたような、そしてあのテレビで幾度も見たショッピングビル「MAIYA」の建物が津波の象徴のように慄然と立っている。
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近くには、陸前高田市役所。同じ市の職員として、この職場で、最後まで、市民の安全を祈りながら、津波避難を訴え続けた職員もいたであろう。建物には、何十人の死者が出たと記憶しているが、霊気が漂っているような心の騒ぎを感じた。建物の中には、無残にもつぶれた自家用車が1回のホールにひしゃげて残っている。市民課の窓口も税務課の窓口も全く形をとどめず、ただがれきが散乱し、堅いコンクリートのようになったヘドロが地面に堆積している。
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議員全員で黙とうをささげ、当時へ思いを馳せた。女性市議から、「同じ市の職員として、市役所の様子を見て思うことありませんか?」と聞かれ、熱いものがこみ上げてきた。ガランとなった庁舎には、海からの風が吹き抜け、電話の鳴る音や職員たちの会話、コピーの音。いつもの音がそこにはない。ただ、カモメが近くを飛ぶ羽音と鳴き声のみ。「捜索終了」の張り紙が一層涙を誘う。職員や市民も多くの人命が一瞬のうちに奪われたことへの虚しさ、胸が詰まる思いだ。
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中心商店街はきっと市役所や、「MAIYA」のショッピングセンターへ通じる一番にぎわいを見せた街並みだったのだろう。街路灯は一定方向へひしゃげ倒れ、人っ子ひとりいない。角地の一等地は、もうかさ上げしなければ雨が降れば水没するまで地盤が沈下している。
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幹線道路は応急復旧されているが、盛り土をしなければ、水没するのだろう。海沿いのメインストリートは、何キロにもわたって、盛り土した上に舗装がかけられていた。
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JR大船渡線陸前高田駅も跡形もなく駅舎が消失し、プラットホームと思しきところと津波で曲がった線路が残されている。誰も飲まないであろう、タイル張りの水飲み場。近くには、仮設の商店街の音楽と、市議会議員選挙なのだろう。だだっ広い荒野に候補者の連呼する声が響き、ウグイス嬢の黄色い声が、むなしく響く街。
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市営住宅なのか、4階まで、水がついたことを物語っている。
候補者は今こそ、復興の道筋を示さねばならない。災害から1年。多くの人々が復興のために力をささげてこられた。彼らもそうであろう。この地で政治を語る身近な市議会議員こそが、市民に希望の灯をともし、復興への道筋を示す。熱い声で人々を奮い立たせる、そんな役割をもつ市議会議員であってほしい。
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瓦礫の山をみるとともに、復興の一本松を見に行く。残念ながら、枯死していると、現場にいた市の都市計画課の職員が語っていた。みんな作業服で、まだ、復興と、被災者への手当が続いているのだろう。仲間を失っても、被災者のために日夜頑張っている職員の皆さん。
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今日は、環境省の職員が来ているとかで、一本松を案内していた。環境省の若手官僚たちは、ビジネススーツ姿で一本松を見てにこやかに談笑しながら、現地視察していた。様子を見ていてとても違和感を感じた。
なんでも、この地を国定公園とするための準備の視察だとか。せめて現地を見に来たのなら、作業服くらいは持参してほしいものだ。それが、現地の感情だろう。若い官僚の配慮の無さに霞ヶ関の意識の程度を見透かす思いだった。被災地の人たちの寄せ書きを見ていると、「それでも日本人は強い」と思った。
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マイクロバスは、一関市へ向け岩手県最後の視察地、陸前高田市を後にした。
一ノ関駅に着いたのは午後3時半。東北新幹線「やまびこ62号」で、次の視察先福島県へ移動した。途中健忘症の老人が一人。困ったものだ。(私のこと)
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by ando-ayabe | 2012-04-20 14:46 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

東日本大震災2日目午後

4月17日(火)午後
釜石市内を見て回り、大船渡市へ。大船渡市へ向かうバスの中から見える景色も、リアス式海岸で、唐丹湾、吉浜湾、越喜来湾を望む漁村も津波が押し寄せ、景色は同じように破壊され更地となった状況が続く。明治三陸地震、昭和三陸地震と津波被害にあっており、それなりに防波堤の補強などがなされていたにもかかわらず、災害が繰り返された。人間の力で、いくら強靭な防波堤を構築したとしても、それを上回る波の力によって、脆くも崩れ去っている。津波襲来に多くの消防団員が、防波堤の扉を閉めに行って災害に見舞われている。『まず避難すること』その意識さえ徹底されていればと思う。
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今回の東日本大震災では、津波は川を何キロ遡上したのか聞いたところ、だいたい2km程度だが、最大7km遡上したと話があった。よく綾部でも、由良川から何キロ津波が遡上するか質問する人がいる。今回の地震津波では、7kmが最大だったので、その意味では綾部では安心していただいて良い。
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大船渡市のJR盛駅は三陸鉄道南リアス線とJR大船渡線が共同乗り入れしている。どちらも、不通のままだが、三陸鉄道は、仮設住宅に住まう被災者のために駅舎を「ふれあい駅舎」として活用し、交流の場や、仮設住宅の方々の手作りの手芸品の販売などをしている。また、津波で使用できなくなった列車を改良し、カラオケルームとして開放し、被災者の心のケアに役立てている。
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出来るところから被災者に寄り添う三セク鉄道の姿勢がうかがわれる。湾口から2kmに位置するこの駅にも1mの津波が押し寄せたとのこと。

バスは、最後の視察場所の陸前高田市へと向かった。
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by ando-ayabe | 2012-04-20 09:31 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

東北大震災視察研修2日目

4月17日(火)
今朝は、マイクロバスで、南へ下っていく。午前8時半ホテルを出発。岩手県山田町へ。JR山田線があるが、完全に破壊されており、復旧のめども立たず、未だに道路交通のみ。
山田町では、海辺の老人介護施設で、80人ものお年寄りが無くなったと話を聞いた。このような高台でも波が押し寄せたと思うと、常識的には考えられない津波の高さに驚いた。

岩手県では町内のがれきは、どこも、海辺のグラウンドや公園などに集積して、現在は分別作業が行われている。
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塩分で赤茶けた、自家用車の山。分別されているが。
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マイクロバスは、リアス式海岸の湾口にある町を走る。どの湾の集落も津波被害にあっている。そして、多くの集落の高台には、墓地と寺があり、どこも大丈夫だ。人々が働く港や街並みがすべてやられているのが特徴。
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大槌町役場も、人々が暮らす平地にあり、多くの職員を失っている。
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町長が亡くなられた。町長は、幹部職員に最後まで残って、町民の避難誘導に当たるよう命令されていたとのこと。
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町役場の近くの民家の跡地には、遺族だろう、花が手向けられ、亡き人々への慰霊の思いがうかがわれる。

釜石はまだ建物の解体や修理など復旧の箇所が手つかずの街並みが多く残っている。
土地の利用計画が定まらないところでは、住民も業を煮やして、違法建築と思われる住居の建設や、コンテナハウスを設置し、店を出す人たちも。
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釜石と言えば、新日鉄釜石が有名だ。鉄の町にも津波は容赦なく押し寄せ。中心部でも大きなビルが破壊されている。市役所は、高台にあり、陸前高田や大槌町のような海辺にはない。その点では、司令塔的な役割を果たす役所の機能は重要だ。
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特に釜石は、数階建てのビルなど大きな建物の、1・2階部分が破壊されており、解体するのか修繕で行くのか補助金との絡みなのか、権利者も難しい判断をされている様子だった。

続いて、大船渡市を見て回った。
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by ando-ayabe | 2012-04-19 16:55 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)