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籤運

2月28日(火)本当なら2月は今日でお終いだが、4年に1回29日がある。閏年。うるう年の2月29日に生まれた子供は、誕生日が4年に1回しかない。なんてかわいそうなのだ。でも、うるう年に生まれた子どもの年を数えるのは判りやすい。と言うのも、我が子は24年前に生まれている。今年で24歳か~。もう一昔前なら結婚をして子どもの一人も産む年ごろ。しかし、最近は晩婚化で24歳や25歳ではなかなか結婚する気にならないようだ。

それと言うのも高学歴化が影響している。高卒の男女なら社会人になってもう6年。結婚して子供でもとなる。しかし、昨今大学へ行く子どもが多くなった。大卒ならまだ卒業して2年。社会人と言っても新人の部類。なかなか安定しない。7・5・3と言われるように、まだ腰が据わらない。女性だって親から監視の目が離れて、2・3年なら、少し羽を伸ばしたい。すぐに結婚して家事と出産・育児に入るなんて、不平等とでも思っているのだろう。男性は妊娠できないから困ったものだ。

それに、この頃は旦那の被扶養者になること自体不安定極まりない。仮に被扶養者になっても、3号被保険者では、年金はいくらも加算されない。女性も働いて厚生年金の権利がないと、途中で、別離があるかもしれない。ましてや、男女共同参画の時代。「女性が育児を」と言う概念は、通用しなくなりつつある。

となるとどうしても、少産傾向になる。育児の役割分担。となると、徐々に夫権は無くなって、妻権が強くなる。
最後は共同生活者のようなことになる。と、日本の社会や人間社会はどうなるのだろう。ま~そんな先の心配していても仕方がない。
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今日は、一般質問の締め切りが正午。午前中にメールで「発言通告」を送り、午後1時から抽選会。一般質問の発言順を各会派の代表者が参集し、抽選の籤を引く。創政会は私。民政会は吉崎進市議、新政会は白波瀬均市議、共産党は堀口市議。

一昔前までは籤を引く順をくじしていたが、そんな大層なことは止めようと、適当に会派の発言者の人数分の籤を引くことになった。

くじ棒の下に発言番号が印字されており、一気にえいやーっと籤を引く。(私なら3本)
3月の第1日目は3月4日で、日曜議会。FM放送の順番もすでに決めてあり、ここは籤を引く必要がない。
3月5日(月)と6日(火)の発言者の人数分の籤を引く。今回の発言者は16人。綾部市議会は一般質問の通告者が多いことで有名。木下議長と高倉副議長以外の16人が一般質問をする。

順番は
3月4日(日)『日曜議会』
塩見麻理子(創政会)
搗頭久美子(日本共産党)
白波瀬 均(新政会)
高橋  輝(民政会)

3月5日(月)
波多野文義(創政会)
久木康弘(新政会)
井田佳代子(日本共産党)
吉崎  進(民政会)
村上静史(民政会)
相根一雄(民政会)

3月6日(火)
田中正行(創政会)
吉崎  久(日本共産党)
村上宣弘(新政会)
安藤和明(創政会)
森  義美(公明党)
堀口達也(日本共産党)

さて、籤運はどうだっただろうか。民政会は2日目の午後3人連続で発言。創政会は、3日間とも第1番の発言。共産党は3日目のトリ。

今回は、要注意。初日は4人で早く済むが、2日目・3日目は一日6人で結構時間を要する。

抽選会ご、私の発言通告内容に関して答弁作成の関係で、担当職員とヒアリング。午後3時半終了。議長と話をして、副市長と話をして、建築都市計画課へ出向いて帰宅は午後5時。

食事をしていたら、タカオさんとチュウケイさんからお誘いの電話。話しに行く。途中でカワキタレンチョウやマモチャンにも出会い「あやバス延伸」の話しや「豊里の介護施設」など相談を受ける。
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by ando-ayabe | 2012-02-29 11:19 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

飛散・悲惨

2月27日(月)雪がまだ降っている。変な気象だ。3月に入ると一気に15度までに上昇するとか。
いよいよ四季のうち春と秋の一番過ごしやすい季節のシェアが狭まるのかな~
過ごしやすいと言っても、人災の気もある花粉「飛散」も待ち構えているし「悲惨」だー

今朝は、3月議会の開会日。午前9時前には議会へ登庁し、部屋会を開催し、全員協議会へ。人事案件を処理し、9時45分から市議会本会議。

いよいよ昭和26年(27年3月まで)生まれの60歳定年の部長達も最後の議会。緊張気味だ。(でもないか)
私と同級生の皆さんが3月末で退職だ。本当なら、私も最後の議会なんだな~。(感慨ひとしお)

人生40年を公務員で過ごした皆さん(私は36年)お疲れ様です。いよいよ最後の議会。思いっきり発言してください。同級生には本当に議員活動お世話になった。(別にコネクションという意味ではありませんよ。)色々まちづくりや行政の進め方などで議論したという意味。

山崎市長から、市政方針説明。片山教育委員長から本年度教育方針説明。山崎市長の「鳥の目」「虫の目」で、市政に当たるとの強い決意表明・議案は48本提案。大変だ。これを審議する。久しぶりにたくさんの議案です。内予算関係が補正予算を含め23件。条例制定・改正が19件。その他が6件。合計48件。そのほかに専決処分報告が2件、人事案件が2件で、総合計52件。

人事案件では、上原副市長の副市長選任の同意案件1件と、四方健治さんの人権擁護委員推薦議案1件。
いずれも本会議で、即決可決された。上原副市長には、2期目。長年の行政経験を生かして山崎市長をサポートしていただきたい。期待しています。財政も良く熟知しておられる。本市財政のかじ取りもシッカリとしていただけるだろう。

今年の重点は、「安全安心」東北大震災や福島原発での教訓を生かさねばならない。不断に怠ることのない防災の心構えが大切だ。そして何より、防災情報が早く市民に伝わり、避難誘導など、自助・共助・公助の社会構築が何より大切。予算でもシッカリとその点配慮してあるようだ。一般質問の重点はそこに力点を置いて質問しようと思っている。


11時に本会議は終了。そのあと、産業厚生環境委員長と、総務教育建設委員長に、議長室にご参集いただいて「土地開発公社解散の議案4件」について、両委員会に関連し、総務教育建設委員会の審議が産業環境厚生委員会の審議の結果の影響を受けることから「連合審査」と言う形で進めることとなった。

で、総務教育建設委員会は、2日間にわたって開催されることとなる。ところで、綾部市土地開発公社が解散するのだが、色々な思い出が浮かんでくるものだ。右肩上がりの成長期に土地開発公社の先行用地取得事業は大いに機能した。この組織のおかげで、今目に見えるインフラの多くを整備することができたと言っても過言ではない。しかし、時代は冷酷だ。あの活気に満ちた時代。夜の会合も厭わなかった。10円、20円の価格交渉。早く事業化したい。しかし、価格は安く欲しい。地元対策委員会との交渉。握手ができた時の喜び。
走馬灯のように思い出される。

あ~うたた寝していたのか。

午後は、一般質問の発言通告の最終校正。質問文案も作成。午後4時。所用で京都へ。午後10時帰宅。
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by ando-ayabe | 2012-02-28 11:24 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

家で最後

土曜日のNHKドラマは涙して止まらなかった。「家で死ぬと言うこと」渡辺美佐と高橋克典。良いドラマだった。ふるさとが嫌いと都会で結婚した娘。白川郷のふるさとで、一人死を待つ母。都会の物質的な豊かさの中で、心を失っていく夫婦、親子。引きこもりの長男と配置転換で勢いを失った夫。二男の進学ばかりが気になる妻。

そんなとき、母を東京へ引き取って病院で死を迎えさせようとする娘(妻)の言葉を聞かずに、白川郷の家で死ぬと聞かない母。

家族の絆、地域の絆の大切さ・温かさを感じたドラマだった。私も家人と一緒に父と母を自宅で看取った。家族の愛に包まれて息を引き取る幸せ。自分自身の死をどこでどのように迎えるのか。誰に看取られるのか。考えさせられる。

26日。今朝は午前11時半。公会堂での青野町卓球同好会の総会に出席。卓球の練習はいつも欠席ばかりしている。こんなときくらい協力したい。みなさんとも話がしたい。5月27日の自治会対抗卓球大会へ向けて拳固めができた。地元と言うことで、山崎市長も駆けつけてくださった。子どもの頃卓球で遊んだ思い出話や青野町のことなど話してくださった。忙しい方で、30分ほどで退席された。良く時間を割いてきてくれたと。話ができて良かったと皆さん満足しておられた。
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昼食を食べながら、青野町の市道整備の話しや自治会の運営のこと、街づくりのことなど意見を聞かせていただいた。

午後1時30分。世界連邦運動協会主催の平和講演会があるとのことで(すっかり忘れていたら、卓球同好会の総会に参加されていた山崎市長から是非と誘われた。)お昼の総会で缶ビールを頂戴したが、聞き役ならよかろうと参加。アスパホール。

講師はNPO法人テラ・ルネサンスの理事で、紛争国の地雷除去活動やアフリカの子ども兵の社会復帰支援や東日本震災被災者支援を展開しておられる鬼丸昌也氏で、紛争国の実態や、世界平和への草の根運動に関して話をしていただいた。
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コンゴやウガンダの子ども兵の実態は相当ショッキングな話しで、テレビや雑誌では見たことはあるものの、話として聞くと、ショックな話だ。ユニセフの活動でも、綾部市は進んでおり、織り込み済みの話ではあったが、初めての人には印象深かったことだろう。

講演資料にガンジーの言葉が印象的だった。
「善きことはカタツムリの速さで進む」
また、鬼丸さんが組織されているテラルネサンスの目的は「世界平和を実現すること=すべての生命が安心して生活できる社会の実現」と書かれている。

世界平和はガンジーの言うように「善きことはかたつむりの速度」一方で紛争が収まれば、片方で紛争が勃発している。シーレーンを守ることで、イランは反発し、富と貧しさの偏在の中で紛争が起こる。中国共産党のように、人民のための政党が、四川省やネパール問題に見られるように少数民族を弾圧する。ソビエト共産党やルーマニアなど東欧共産圏諸国における人民粛清がかつては日常化していた。4千年の歴史の戦争をしているイスラエルとパレスティナ。シリアのアサド政権と反政府勢力。

それでもガンジーの言う「カタツムリの速度で前に進んでいる」のだろうか?

しかし、いつも、良い話しは何度も聞くのだが、聞くだけでなく、世界平和を具体的にどう進めるのか、もう実践のときだと思うのだが、主催者からは一向にその声は聞こえない。市民憲章推進協議会も世界連邦推進協議会も「話は解った。それで、実践はどうする?」話しを聞いているだけでは、世界平和や市民憲章の実現にはつながらない。

昨日の京都綾部ユニセフ協会総会。平成22年度9ヶ月間だけだったが、60万円の寄付を集められた。協会理事さんは、女性を中心に35人。綾部協会の会員さん171人(年間会費5000円)。事業部会では、「貧者の一灯」の思いで、バザーやカードをイベントごとに出向いて売って市民から寄付を頂戴し、世界の貧困にあえぐ子どもたちを支援している。学校部会では、学校の現場へ出向いて、世界の貧困で苦しむ子どもたちの話を子どもたちにしている。活動は地道で実践的だ。事務局の経費捻出に苦労しながらも、目的意識をもって活動を進めている。

片や世界連邦運動協議会、市民憲章推進協議会。事務局は市役所の職員で、事業費も市から補助金をもらって活動している。ユニセフに比べると明らかに恵まれているが、京都綾部ユニセフ協会のような活動ができているだろうか。お役所任せではなく、市民運動として進めていかなければ活動のマンネリ化は避けられない。

講師の鬼丸さんがあなたにできること「①事実を知ること ②実践すること③まわりに伝えること」と仰った。
せめて、講演終了後、閉会のあいさつで、「市民憲章と世界連邦では、今日の話を聞いて、これから募金活動を実践します」と行動提起くらいしてほしかった。

午後4時半終了。午後7時から自治会組長会。組長手当を交付した。午後8時過ぎ終了。

明日から議会3月議会が始まる。
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by ando-ayabe | 2012-02-27 01:32 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

現場主義

2月25日
シボシボと雨が降る。前日まちなかのU原君が、町内の下水路の老朽化の状況を見てほしいと☎有り。
土曜日10時ごろ、現地調査。確かに、グレーチングの受け金が腐食し、用をなさなくなっている。要望書にして小修理をお願いすることに。
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田町の狭い府道も調査。公募型でお願いしようと検討中。車のすれ違いも困難。ましてや歩行者の安全は大変。お互いが譲り合う日本人の美徳のおかげでどうにか維持できている。元々、昭和30年代に都市計画で、西側に街路計画があったが、立退きに莫大な事業費が必要だ。とても事業化できるような街路ではない。既存府道を少しでも交通渋滞を解消し安全な道路に整備することが得策。
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帰宅すると、川糸町のOさんから自宅前の市道のグレーチング設置について相談を受ける。
市の財政も厳しく、なかなか答えてくれないだろう。すぐやる係がかつてはあって、対応もしてくれたが、今は無くなっているが同じように対応してくれるだろうか。

午後1時半からは、ユニセフ綾部の総会。昨年4月から独立法人となって自立しなければならない。大変なことだ。マンパワーこそが大切。完全なボランティアで、志の高い活動だからこそ、「和」が第一。最大公約数で動くことがモチベーションを維持する。
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2011年度の会計監査報告をした。山崎市長が来賓のあいさつではなく、講演をされた。外国生活の面白い話だった。貧者の一灯で、800円の『一筆箋」を購入。手づくりクッキー美味しかった。家人も手伝ったようだ。

帰宅して、無性に寿司が食べたくなった。福知山まで行き早い回転寿司で。

市議会事務局が、平成24年度予算で、「日経ぐローカル」と「議会人」と「ガバナンス」を議員図書室に購入することとしたようだ。これまで、加除式の図書を購入していたようだが、加除式はあまり読まない。長い間日経グローカルが読みたいと思っていた。垂涎の図書(オーバーな)。日経ぐローカルは毎月2回発行で、行政関係の専門図書。年間購読料は80,000円。とても個人では購読できない。市役所全体でも購入していない。
「議会人」や「ガバナンス」は職員や議員はよく購入している。せいぜい年間1万円程度。日経グローカルを早速3冊借りて、自宅で読む。色々面白い。介護保険料の日本全国比較なんかは興味深いものだ。介護保険料は、色々物議をかもしだした年金天引きも円滑に進捗している。しかし保険料に開きが出てきている。事業者である市町村の予防事業の成否が保険料にも左右するようだ。もちろん介護サービスの少ない自治体ほど保険料は少ないが、それは高齢者やその家族のニーズに沿えないばかりか、制度の趣旨すら脅かすのだが。介護を受けない「ピンピンコロリ」ではないけれど、予防事業が大切だ。埼玉県和光市は、「長寿あんしん課」を中心に65歳以上の高齢者を家に閉じこもらせない事業「あくてぃびてぃあっぷ講座」に取り組んでいる。
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議員も職員も日常の勉強が大事。
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by ando-ayabe | 2012-02-26 01:56 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

マスク

今朝もまだ咳が残っている。しつこい風邪だ。
2月23日(木)午前中ブログを書き、午前10時来客。味方町のSさん。良いことを取り組もうとしておられる。協力したいと思う。戦後の日本の過ち。北朝鮮への帰還事業。綾部からも家族として北朝鮮へ渡った人がいる。万が一北朝鮮に何かが起こったとき、その家族が日本に帰りたいと申し出されたとき、その受け入れ事業をしたい。そのための準備を手伝ってほしい。との申し出。素晴らしいことだ。韓流テレビに夢中になるばかりでなく、今北朝鮮で私たちの日本人がどのような扱いを受けているのか。と思うと、心が痛むと。

少しづつ調べていきましょうと。言うこととなって、私なりにできる協力をしたいと思う。

午後1時から4時まで、一般質問の準備を進める。7割方できたような感じかな。

その後、長い間雪の中だった家庭菜園へ行ってみる。あまりひどいことにはなっていなかった。タマネギもソラマメもニンニクも順調に生育していた。ナバナやミニキャベツ、ブロッコリーを収穫し帰宅。

午後6時。ちょっと早い夕食を食べ、公会堂へ。自治会役員会議。もう新年度の準備を始めなければならない。4月15日が自治会総会となった。賛助会費の集金や決算のための年度末の支払い。会計処理。予算編成をこれからしなければならない。3月25日には、白尾稲荷神社の祭礼もある。その会計もしており大変だ。
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【今年の梅ではないしばし待たれよ。昨年の熊野神社の紅梅】
副会長が、「風邪はどうや」との問い。「エッ?」「大きなマスクして歩いていたやろ」「気づかれていたか~」
マスクは目立つな~日頃着用していない者には。042.gif

8時半会議は終了。今夜はまた寒くなった。

明日は、朝から議会運営委員会。早く寝よう。
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by ando-ayabe | 2012-02-24 00:01 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

勉強会

2月22日午後は、民政会・創政会・公明党の議員での平成24年3月議会に向けた勉強会。
日頃の疑問点や市民の皆さんの思いをお互い話し合い、政策実現への議論の場としている。まだまだ、議論としては成り立っていないが、お互いに質問予定項目を聞きあい、調整をする。

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【今年は梅の開花が遅い】
そして過日開催した「まちづくり懇談会」の意見を総括をしながら、今後の取り組みを相談する。ワーキングチームを作ってさらに深めることとした。さらにグループや団体の御意見もお聞きすることに。最終的には提言書にまとめようと言うこととなった。

午後5時に帰宅。市民新聞にも記載されている通り、厳しい経済環境の中で、市民生活を支えるためにも積極的予算が編成された。一方で、国民健康保険料や介護保険料・後期高齢者医療保険料など、医療関係の保険料値上げを余儀なくした予算でもある。
国保料は、平均5.7%UPの議案となっています。平均一人当たり保険料は年額74911円から、79162円へ。また介護保険料に関しても、3年目の改定期にあたっており、約3割のUPで、月額4063円から5200円程度となる予定です。後期高齢者医療保険料に関しても、京都府の連合で改定が見込まれており、月額300円程度5%程度のアップの見込みです。綾部市では、国保料に関しては、本来15パーセント程度のUPを3年間予定していたところですが、他の保険料UPが続くため、基金をできる限り取り崩し、UP率を抑えたとの説明でした。
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市民生活が苦しいときに、国保運営協議会で知恵を絞って、極力UPを抑えたことは評価に値すると思います。年々高齢者が増加しています。若者が社会を支え切れない程にその進行は深刻化しています。

税と社会保障の一体改革を速やかに実行しなければ、大きなつけを後世に残すことになります。社会的な不平等も既得権と言う形で残っています。

各種保険料が中高年者に影響を与えることは事実です。しかし、ここは世代間で負担を公平化する必要があります。明日を担う子どもに対する高齢者の負担増。何とかご理解くださいとお願いしたい。

今、子育ては戦後で最も厳しい局面だ。戦後子育て世代は高度経済成長に守られて、所得倍増の中で、子育てする条件はよかった。もちろん今より教育環境はよくなかったし、保育園だってひどいものだったが、いまや、子育てしなければならない親の生活自体が危機にひんしている。低所得にあえぎ、将来の不安も付いて回っている。解雇の危機や所得の伸びはゼロ、そんな中で多くの子育て世代が働いている。

それに比較して、高齢者の皆様。中には大変な方々もいらっしゃるけれど、その子育て世代に比較したら、まだ辛抱できるのではないだろうか。

ここは、日本の将来を担う子供世代のために高齢者が一肌脱がねばならないと思う。先輩諸氏に叱られるかもしれないが。総じて、80歳代にもなれば、そんなにお金は必要ない。あるお年寄りが、ため息交じりに話されていた。「うちの息子は40歳近いが、まだ独身だ。私のもらっている年金より給料が安い。かわいそうだ。」

70・80の世代の年金は現役世代の所得より多い人もいる。又そうでない方々も多くおられることも承知しているが、昨今、年寄りの年金に寄生している子ども世代が社会問題化されたことを考えると、社会はそこまで病んでいると認識する必要がある。

労働貴族という言葉がはやった。橋下市長の既得権益打倒の動きは、あえて、敵を作って社会に問題点を顕在化させようとしていることを見なければなりません。既得権益に守られている人々は抵抗するでしょう。しかし、今こそ底を打ち破らねば、この閉塞感漂う社会を打ち破る方法は無いのかもしれません。
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by ando-ayabe | 2012-02-23 01:18 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

手紙

2月21日(火)3月議会が始まる。20日には議会運営委員会で、市長から議案の提案説明があった。
それぞれ、日頃提案したり、地域や団体の要望を聞いて、提案していることが予算化されたり、条例化されたりしている。まだまだ細かいところまで読み込んでいないが、配慮してある内容だと思う。

まだ、提案した内容が、検討を加えられたのだろうけれど、以前と同じ額で計上してある案件もあり、事情を聞いてみたいと思うが、時代は動いているのに、と言ったところか。
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で、この時期となると、広報あやべの縮刷版を読みふける時間が多くなる。「温故知新」古きを訪ね新しきを知る。
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【昭和31年の綾部市政広報:既に都市計画道路は計画されている】
この広報綾部縮刷版は、昭和56年に市役所の企画広報課(当時)から発行されている。K広報係長(当時)が発行されたのだろう。綾部町の広報から綾部市誕生を経て、昭和56年まで、広報紙を縮刷して編集してある。これを読むとよくわかる。

今熱中しているのは、都市計画決定の経過だ。

Nさんから都市計画マスタープランの策定に関わって、お手紙を頂戴した。と言うのも、私の数日前のブログで、まちづくり懇談会の件で書いていたら、お手紙を頂戴したのだ。丁寧なお手紙でいくつかのご指摘を頂戴した。

その1点は、西町沿道区画型街路事業計画について、既に人口減少期、購買力が減退している地方都市にあって、アイタウンの事業は既に時代遅れだった。もっと長期的な発展を予期させる市のグラウンドデザインが必要だったのではないか。と言うご指摘だ。

そもそも、綾部市の都市計画事業は、昭和30年4月10日。1郡1市の綾部市が誕生して以来、市街地中心部の街路計画等を中心に検討が開始され、昭和30年10月31日京都府における京都都市計画地方審議会において、街路計画が都市計画決定され、その計画が大元となって、今日の都市計画事業は動いている。つまり、その頃の都市計画道路の線引き、今から52年くらい前に街路計画は決まっていたのだ。

それに基づいて、駅前の土地区画整理事業が始まった。駅前のロータリーもその頃事業開始(今のロータリーではない。)そして、丹波大橋まで続く都市計画221号線(福知山綾部線)の都市計画事業は開始された。

「どうして綾部の街の真ん中を貫くような道路計画だったのだ。」とのご指摘も。それなら、明治時代鉄道敷設の計画があったとき、由良川右岸を通過する鉄道計画をどうして左岸に持ってきたのだ。と言いたくなります。

もっと広い都市計画を構想するのなら、明治時代に鉄道敷設を由良川右岸の構想があったにもかかわらず左岸へ持ち込んだその当時を恨みたくなる(グンゼの引き込み線のこともあったのかもしれませんが)。

当時の町の大きさを示す図面を見てみると、綾部駅の北側は湿地帯で田畑か桑畑。あるのは、グンゼ・神栄の工場くらい。広域農道の発想も当時はありませんでした。広域農道が動き始めたのは、昭和45年以降じゃないかな~(羽室さんの時代かな。)

西町沿道区画型街路事業は、西町近代化事業を進めたい商工会議所の意向が強いものがあった。もちろん、昭和31年当時の都市計画決定された市道があったが、商店街の近代化事業と区画整理事業をドッキングさせ、事業を推進された。これを成し得たのは、当時の卓越したリーダー。塩見清毅氏。西町商店街を近代化させるため、地域住民をまとめ、行政に働きかけ、私利を捨てて大きな町のグラウンドデザインを掲げ、成し遂げられたのです。

西町商店街に対する種々のご意見はあると思うが、当時の関係者の血のにじむご尽力を忘れるわけにはいかないと思う。「言うは易し行うは難し」だったと思いますよ。

その当時は、西町からグンゼ白瀬橋に至る都市計画事業を推進するのに関係者は心血を注いだ。むしろ東西方向の本宮豊里線は後回しの感もあった。

グンゼ前のレトロな街づくりの道路。「大企業奉仕の道路」だと共産党市議からの批判に耐えながら、きっと将来は綾部らしい町並みができると頑張ってきた関係者。

西町踏切は、車の大渋滞で今は苦情がいっぱいだが、もともと、狭い市道。JRは踏切拡幅に難色を示した。しかし、莫大な工事費をかけて、踏切拡幅ができた。人々の回遊性はすごく高まった。

市役所やITビルなど中心街に立地することで、どうにか回遊性が維持できている。まだまだ仕掛けが足らないとは思うが。

私は、今日まで進めてきた都市計画事業に大きな齟齬は無かったように思う。大きな齟齬があるとしたら、明治期の鉄道敷設における広域的視点だったと思う。しかし、その現実がある今日において、そして制約された都市計画のなかにおいては、可能な限りの街づくりをしてきたと考える。(財政の制約を受けた本市の実情を勘案しても)

そしてこれからの20年を構想したとき、客観的情勢を冷静に判断しなければならない。本市は確実に人口減少局面に至ると言うこと。少子高齢化の進行や産業全体の低迷期を迎える。今後町はコンパクトシティ化に向かうだろう。

今回の都市計画マスタープランに期待するものは、多くの市民が口にされる、市街化調整区域における建築制限の解消・緩和を目指した取り組み。市街化区域における用途指定も時代に合わせた区域指定にする。都市計画街路は、本宮豊里線の西延伸の継続。青野延線の西延伸の継続、安場田野線の法線変更による国道173号線・府道広野綾部線と接続する綾部南回り線の確保(上延・大島方面へのう回路)ではないだろうか。

新市街地ゾーンの井倉・青野・味方の公共下水道化は急がねばならない。広域農道沿線の農地の転用は都市政策として進めたい。特に、大島~高津は優良農地はあまり無い。いっそ、沿道ショッピングが可能な店舗立地を促進する。広域農道沿線の公共下水道を促進することによって由良川左岸の広域農道沿いの開発はスムーズになろう。(Nさんも指摘しておられる)これまで、広域農道と言う農林省の規制がかかって開発できなかった区域にも今回は手を入れる必要があろう。ただし、産廃業者が立地したり、パチンコなど好ましくない店舗立地は規制の対象になることは言うまでもない。

いま深刻になりつつあるのは、市街地における古い木造住宅の売買が市道の4メーター接道条件によって、制約を受けていることだ。深刻な問題だろう。建て替えすらままならないのだから。何らかの手立てを講じなければならない。新たな過疎を生む恐れがある。

Nさんは、公園や都市施設に対しても適切なご指摘をいただいている。「上杉の運動公園」がなんであんなところにあるのか。市民には不便。紫水ケ丘公園も高台にあって高齢者には不便。清山荘・図書館・市民センター・中丹文化会館・井根山公園・藤山公園等の大型公園施設が脈絡なく作られている。

ご指摘の通りだ。しかし、各施設をつくるにあたってはそれぞれ経緯があることも事実で、結果としてそうなっていることにご理解も得たいな。

たとえば、上杉の運動公園。国庫補助や府の有利な補助がもらえる。でなければ綾部市は国体を辞退するしかない。そんな背景であの場所が決まった。元々、里町に建設も想定されていた。タイムリミットと言ってしまえば何と計画性のないことか。と指摘されようが、上杉のあの土地は、国道27号の拡幅工事で、建設省が、田畑を瓦礫で埋め立て土砂の置き場としていた場所。数年を残して用地買収に手間取らず、造成工事にも手間取らない土地。有利な補助金で建設できる場所。谷口市長の苦汁の決断だったようだ。

中丹文化会館。時の京都府副知事N氏が政治的に利用したとも。S助役が出馬するなら、計画中の文化会館の計画ストップも。当時そんなうわさが流れた。事実かどうかは不明だが。

図書館。金のない綾部市、さてどうしたか、出来て数年しか経ていない旧綾部簡易裁判所。裁判所が移転すると同時に大蔵省と掛け合って、安く分けてもらった。改造・増築し、新町に図書館ができた。それまでは、市民センターの一室を借りた図書館だった。

西部グラウンドや東部グラウンド、淵垣グラウンドなど全体的にどうして山や丘に公共施設が張り付いたのか。農地を潰すことができなかった。地域の理解が得られないことに尽きる。国庫補助を受けて、農地造成・圃場整備したうえに、グラウンドなど許可が下りるはずもなく、取得単価の安い山林に整備せざるを得なかった。と言うことではないだろうか。

市街地の都市公園の整備は、紫水ケ丘公園は、昭和30年当時菊人形を味方で開催した。その隣接地に造成しようと構想されている。藤山公園は、NHKがテレビ塔を建設した機会に、管理道路を利用して頂上にJCが平和の鐘を設置し、そこを公園化したこと。八幡児童公園も、昭和30年ごろ、神宮寺に市営住宅を建設し合わせて整備したもの。井根山公園は、市制記念の機会に、藤山の平和の鐘に対比して、マユピーを建立し、平和塔と結んだ平和のトライアングルを構想したこと。
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【平和塔の頂点の鳩は、綾部市職員労働組合が寄付している。綾部はそんな町だ】Nさん下水道事業の遅れも指摘されている。
これはその通りだが、財政的にどうにもならなかったことは事実なのだ。昭和57年谷口市長になって初めて手がつけられた。福知山は、あの28災をはじめとする市街地の軒下までのたび重なる浸水被害を受け、どうにもならないと下水から手を付けた。上水道は、市が施工するまでもなく陸軍福知山連隊の給水が必要だった当時から、軍を優先する形で上水道敷設が進んでいる。そこにインフラ費用の大きな格差が生まれる。舞鶴だって、海軍のための給水が自治体負担を緩和してきた。

都市によって、成り立ちが異なる。台所も異なる。大正時代はグンゼが隆盛を極め、綾部が福知山を合併しようと勢いがあった時代もある。戦後大きく変化した。軍用道路だった国道27号が整備は国道9号の整備に遅れ、あの革新府政の蜷川虎三氏が陸軍の飛行場を譲り受け、長田野工業団地を造成した。舞鶴は海上自衛隊と日立造船で発展した。一方綾部市は、28災で田畑・インフラに大変な被害を受けながら、合併に次ぐ合併。脆弱な財政は窮乏を極め、2度にわたって財政再建準用団体に。その後の体力も無理はできない。人間と同じだ。遅れを取り戻そうとちょっと無理をするとすぐに倒れてしまう。そんな都市だと言うことを認識しながら、だからどうする。と考えねばならない。

「物から心」と言われて久しい。「心」で飯は食えないかもしれないが、日本人の持つ「清貧の思想」は、綾部の精神性・文化性を高める。

「20年後の綾部」必要最低限の都市施設の整備は進めていくにしても、大きな変化は困難を極める。

第2次綾部市総合計画(昭和56年羽室市長)では、「田園文化都市」を歌った。そして今また、「ゆったりやすらぎの田園都市綾部」。綾部は、この線で良いのではないかな~

ま~一度市民の皆さん、それぞれ綾部を想って藤山公園に、若宮神社の方から、おにぎりをもって徒歩で登って、のんびり綾部を鳥瞰し、短歌の一つも読んでみて、午後3時くらいに下山する。今度は、南が丘「波多野鶴吉の銅像を見て、古を偲ぶ。5時ごろには町の赤ちょうちんで1杯ひっかけ、ぶらぶら帰宅する。また、違った発想が生まれないだろうか。?

ユニクロがなくても、ゲーセンがなくても、今の若い世代は車で行動する。商業施設は福知山には勝てない。でも、ユニクロがなくても生活には困らない。

教育環境はしっかりと整え、立派な綾部人を育てる。今京都府立の高校の校長は47人中7人が綾部高校卒業だとか。綾部人は「志高の人」が多い。永井幸喜さんだけではない。多くの先人先輩が綾部を想い綾部を愛している。綾部に帰った人も、綾部に長く住んでいる人も、綾部は「良いな~」と思えるようコミュニケーションを大切にしたいな~。
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by ando-ayabe | 2012-02-22 12:17 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

時代の節目

いよいよ時代が変わっていく予感がする。戦後の政治体制というべきか、統治機構(ガバナンス)と言うべきか、経済のグローバル化。国内消費の先細り、富の偏在、極端な少子高齢化、原発神話に象徴される科学文明に対する不安。

まだまだ数え上げればきりがないくらい、戦後の国づくりの舵を大きく変えねばならない時代が来た。

国民の生活自らも変化を余儀なくされているし、それを支える政治・経済・社会全体のガバナンスも大きな変更の時を迎えている。

その表れは、小さな町のことではあるけれど、1970年代から2000年代。成熟社会を迎えるための社会資本の整備を充実させるため、綾部市内の公共用地の先行買収を手掛けてきた「綾部市土地開発公社」がいよいよ平成24年度予算によって、解散・清算の時を迎えたことだ。

右肩上がりで、進んできた都市政策は、2010年に至って、ついにとん挫。以久田野開発、東部開発は夢に潰え、かろうじて進めた綾部市住宅工業団地事業(桜が丘団地)も、塩漬け土地になるのではないかと大きな不安の中、前市長が必死の思いで販売の先頭に立ち概ね8割を売り、その後も続く大きな借財も平成21年度に完済した。あの苦しかった100億近い事業。住宅団地の借金返済のため、思うようなその後の都市整備事業も辛抱してきた。

その事業の用地先行買収も土地開発公社が担って来た。バブル崩壊後の公共事業もとん挫して久しいが、その遺物として残っていた「綾部市土地開発公社」の持つ塩漬け土地を一気に整理しようと山崎市長が決断した。13億8千8百万円の公社の負債(イコールではないが資産)を買い取る起債を発行することにした。

 1年前の平成22年12月議会の一般質問で、行政を知る唯一の市議として、誰もが口にできない謂わば、「パンドラの箱」(ちょっとオーバーかな?)「綾部市土地開発公社は、既に時の役割を終えた。公社解散のため、国が示している、第3セクター債(3セク等の負債を自治体が借入れ、公社から土地を買い公社を解散・整理してしまうための特別の起債。)を活用してはどうか」と質問したことに端を発する。

 昨年度土地開発公社では検討委員会を立ち上げ、解散に向け、事務的な整理を行い、ついに、平成24年度予算で、関連する4議案を提案した。京都府で、公社を解散するのは、初めてという。
全国の自治体土地開発公社は約1000社。その内平成22年度中に50社が解散した。全国で、15000ha3兆円もの簿価の保有土地を抱える。しかし、実際の評価額は2分の1にも満たないだろう。資産価値は減少し、借金だけが残った。綾部市とて保有土地面積こそ近隣自治体の比ではなく少くないが、状況は同じ。

いくら公社で保有してもらっても、利子を生むだけで、価値は上がらない。さりとて、市が買い戻して利用するだけの行政ニーズも財政的余裕もない。(誤解を招かないように言うと、行政ニーズはかつてはあったが、財政的に買い戻して、事業化するだけの財政力がないし、もうその事業効果もなくなっている)

右肩上がりの頃、ずいぶん土地開発公社には世話になった。あらゆる公共事業の先行用地買収は土地開発公社が行った。今塩漬けで残っている土地の先行取得の経過にはいろいろな理由がある。当初の思いと異なる政治決断もあった。しかしそのことは懐にしまって、既に鬼籍に入っている先人の思いを受け継ぎながら、その成し得なかった無念も一緒に、これから新たな整理・再利用を考えていけばよいのではないだろうか。

責任の所在は?と問われたら、その当時、市議会で、公社の先行取得に関して、「債務負担行為の議決」をし、議会も承知のこと。いわば、当時の市民代表である議会も責任は大きい。

いずれにしても、土地開発公社が果たしてくれた役割は大きかったし、時代の大きな変化の中で、その役割を終えたということにほかならない。

次へのステップへの一つとび越えねばならないハードルを越えようとしている。
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by ando-ayabe | 2012-02-21 10:00 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

まちづくり懇談会

先週2日間の夜は、風邪をひきマスクをしながら「まちづくり懇談会」(主催:民政会・創政会・自由民主党綾部支部)の中部地区と西部地区の懇談会に出席した。
主なテーマは、四方府議会議員の府政報告。都市計画マスタープランの現状説明

 2日間は、皆様の声をひたすらお聞きする側にいた。市民の皆さんからは、綾部市役所の職員の対応を厳しい声で批判される人もあったり、都市計画の無策を指摘される方、福知山市と綾部市の比較をされ、道路整備も福知山に比べて遅れていること。や土地区画整理も遅れていること。厳しい法規制で、宅地の流動化も進まないなど、いろいろ指摘を受けた。

同席の議員から元市の職員として何かご意見は?と振られたが、そこで、色々説明しても、弁明しても長くなるだけ。ましてや、多くの方々(議員を含めて)が、綾部市の市政の成り立ち。合併と歴史経過・当時からの市の財政状況とその推移など、ほとんど理解されずに、現在の状況ばかりを見て「遅れている」と御意見いただいており、いくら言っても、対立構図を招くだけ。としばしお聞きした。

私は、元市職員として、平成8年~2年間。当時新設の都市整備課長として、都市計画事業の現場責任者の任にあたって来た。都市計画に基づいて、どんどん都市施設の整備が進んでいた。遅ればせかもしれないが、市の財政状況のことを考えれば「本当に大丈夫か?」と心配になるくらい事業は進んだ。自主再建を果たした後は遅れていた都市基盤を必死で整備したように思う。
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【西町沿道区画型街路事業は綾部市の市街地交通を変革させただけではなく、新しいまちづくりを進めた】
ちょうど、課長就任後間もなく西町土地区画整理事業の東北西町区域(アイタウン1番街)の竣工・青野土地区画整理事業の換地処分完了で、地元の方々と喜び合った。一方、上延土地区画整理事業とそれに付随する、大島都市下水路路事業では、現フクヤ(SC)・モリイ周辺の大工事中だった。莫大な事業費を要した。今でこそ、上延地区は美しい街並みだが、当時は安場川の天井川の影響で、湿地帯。排水工事は難行を極めたことを記憶ている。当時の谷口市長がいつも事業費の増高と国庫補助の少なさにイライラしながら、仕方がないな~と決断されていた。駅前の土地区画整理も昭和47年当時の施行規程も整理し事業を実質的に完了させた。同時に、国道27号味方拡幅も地元に幾度か入って工事の最終交渉をしていた。また、グンゼのアスパ前交差点の用地交渉も異動直前にまとめた記憶もある。現在の形になった裏には多くの市民の協力の賜物なのだ。

福知山市の内記商店街は今どうなっているだろう。果たして福知山の方が進んでいるのか。アーケードが残されたまま、人も通らない商店街。道路通行も可能になった西町商店街。店舗が少ないのはどこも同じ。都市計画道路を整備した綾部市の方が素晴らしいと思うのだが。参加者の若い不動産の方の「綾部を評価しようよ」とのご意見に涙が出そうだった。

西町商店街の土地区画整理事業は、地域の皆さんの同意を得て、市行政だけで、45億円も投資した。それよりももっとさかのぼれば、市政施行時から綾部市は財政赤字の中でスタートし、その中で、昭和28年の13号台風の災害復旧で、上林の橋と言う橋はすべて倒壊。その災害復旧にたくさんの職員を採用した。上水道事業も始めた。第1次合併による八田・山家の学校改築事業も進めた。苦しい財政のもと、豊里・物部・志賀郷・中上林・奥上林を併合合併した。それらの町の災害復旧事業の財政負担が町だけで支えられずに、先に市制を施行した綾部市に行政をゆだねたのだ。その結果、合併した昭和31年度以降、極端な財政赤字になり、直ちに財政再建準用団体になって自治省管理下のもとの市政運営を余儀なくされている。

昭和40年になってようやく赤字団体から脱したものの。その間職員採用はされず、新規事業も凍結され、とても都市計画事業など実施できる状態にない中、今でこそ府道になっている丹波大橋や駅前ロータリーを含む府道綾部福知山線は、もともと、綾部市が都市計画事業で進めたが、財政危機になり、とうとう昭和42年に、羽室府議会議長と蜷川知事が動いて、京都府施工の都市計画事業として肩代わりしてもらったこと。この間、志賀清六市長が市政運営の不備に関して市民に謝罪したこと。とうとう昭和45年には志賀市長(2期目現職)を破り羽室新市政が誕生し直ちに2回目の財政再建準用団体指定を受け、再び自治省管理下での市政運営を行ってきたこと。当時の赤字額は2億2千万円。4年間の財政再建計画を立てている。

このような綾部市の厳しい財政運営のもとで、「夢」のような街づくりなどできようはずもなく。その影響は、羽室市政から谷口市政に変わった、昭和57年度からは、自主再建を決定。徹底した行財政改革を行い人件費をはじめ経常経費の削減を進めた。ようやく青野地区・上延地区の土地区画整理事業を進められるだけの財政状況に回復したのだ。

しかし、バブル崩壊とともに、地方財政危機が訪れ、西町沿道区画型街路事業やグンゼ前の道路整備が進んだものの、以久田野開発・東部開発のとん挫によって、四方八洲男市長に交替した。四方市長も、これまで進めてきた西町・青野・上延・綾部桜が丘などの区画整理事業を始め谷口市政下で飛躍的に進んだ圃場整備などの事業費のツケ(市債償還)が膨大になり、平成14年度以降近年まで、行財政改革を進め、借金の返済や行政経費の節減を進めるしか道がなかったことは記憶に新しいところだ。

こんな過去の歴史を知らずして、出羽の神よろしく福知山では(出羽)、兵庫県では(出羽)と比較議論される市民・議員。良く考えてくださいよ~って心の中で思っている。

今回の都市計画マスタープランに関わらず、議員や市民からは、さまざまな要望が市政に出される。「市庁舎を広域農道に移転させ新しい街づくりを」とか、「学校を統合し素晴らしい学校を」とか、「西部地域の都市公園を」とか。「給食センターはどうか。市民センターを解体し駐車場のある文化ホールを」とか。

いずれにしても、綾部市の財政は、あまり新しいことに手を出せるほどゆとりのある体質でないことだけは確かだ。ましてや、甲斐性に余る行政投資をすでにしている。(たとえば、広大な市域全域へ上水道を敷設したり、下水道もまだ半分)整備されたら、維持管理が必要。ランニングコストのことはあまり考えていない。、一旦モノを作ると、コストがかかる。そのことを考えずして次のことは語れまい。上杉の運動公園は?市道の維持管理は?出来た道路の除雪は?箱物施設の電気代は?クリーンセンターでは、まだ古い清掃工場すら解体できずにいる現実。上水道の並松浄水場なんか、昭和28年に完成した歴史的施設。もう60年近く動いている。下水道事業もまだ道半ば。これからはランニングコストと、起債償還が残される。

かつて、2度の再建団体入り、そして2度の自主再建の涙ぐましい努力をして今日に至っている。

改めて、大きな夢を語れるほどには、綾部市は財政的体力がないと言うことを理解してほしいと思う。その上で、合併しないと市民は決定した。それならお互い辛抱しながら、知恵と工夫の街づくりを市民総参加で進めるしかない。

議員は、市政運営の責任の一端を担っている。綾部市の財政体質も勉強をしながら、その中でどうやって住んで良かった綾部の街づくりを実現するのか考えなければならない。

老体の弁
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by ando-ayabe | 2012-02-19 13:34 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

大雪あやべ厄除け大祭

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2月17日(金)午前中観光協会へ行き。H君から事業の説明を聞き、午後1時半から市役所庁内を回り、幾つかの話を済ませ、午後3時半。終わって、いったん帰宅。午後6時ごろ、近隣自治会長さんから相談の依頼を受け、指定された場所へ。話が済んで、外へ出たら、すでにもう20センチの積雪。明日の行事に思いをはせながら、もっと降るのではと自宅前を除雪し床に。 今夜も激しい咳で熟睡できない。

 この積雪。建設業者さんも、市民の安心・安全のため、この時期、ほとんど熟睡もせずに、早朝の除雪作業にあたっていただいている。本当に頭が下がる思いだ。市民は感謝しなければなるまい。いくら「請負業務」とは言え誰でもができる話ではない。建設業者さんの日頃のノウハウの賜物なのだ。「下水の蓋を傷つけた」だの、「もっと回数を増やせ」だの言うことはたやすいが、「それならあなた。お金あげますから綾部の狭い道路の除雪をお願いします」と言われたら、出来るだろうか?朝3時ごろから、何時降るか分からない空を見上げながら、危険な作業にあたっていただいているのだ。

そのほかにも、子どもたちの通学路を確保するために、道路の雪を取り除いていただいている、市民の皆さんにも心から感謝申し上げたい。昨今、高齢化が進んで、自宅前の除雪も大変な時。

だが、企業・店舗でも、店舗の裏の道や入口以外の店舗敷地の歩道も除雪してくれるような店舗があればそこの企業は、素晴らしいな~と思うが、自分の店の入り口だけは除雪するけど、それ以外は無関心と言う店舗が、私の住んでいる近くにもある。日ごろトラックの物品搬入など、地域にずいぶん迷惑をかけている。せめて、自分の敷地周りの除雪くらい市民も歩道利用するのだからと思うのだが、もう少し自治会で、「注意喚起」できるように自治会活動ももっと強化しなければなるまいと思った。

近隣自治会では、必ず自宅前の道路は除雪することを徹底している。ときかせていただいた。

2月上旬の雪よりも豪雪だ。約30センチメートル。しかし雪質は思ったより早く溶けそうな雪だ。

後厄とか。前年は、参殿しお祓いを受けたが、本年はその際のお札や破魔矢をお返ししなければならない。
雪の中若宮神社「あやべ厄除け神社大祭」に参拝する。雪の中、市役所駐車場に車を止め、徒歩で、上野町まで。途中で、農林省の畑地利用部の大木をパチリ。
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藤山も綿帽子かぶり。
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神社前の府道は除雪中。
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参道の石畳は、氏子さんが丁寧に除雪されていて滑ったりはしない。
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つぎつぎと「厄除けの門」をくぐり参拝。帰りは「開運の門」になる
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例年にない雪。本殿南側の厄神
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雪の参道があまり美しい光景。

帰宅したのは、午前11時半。午後の「人権教育研修会」も、日曜日開催の「烈風下の火災訓練」も大雪により中止が決定。とうとう防災訓練は2回流れ、(自然災害の影響で)訓練実施できなかった。せっかく準備されていたろうに。

今年の冬は異常だ。それにしても、電力会社やマスコミなど、この冬は電力が足りないだろうなんて言っていたけど、どうよ。って。もちろん国民も節約しているけど。
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by ando-ayabe | 2012-02-18 17:17 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)