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意気軒昂

3月29日(火)
朝7時半に家内を綾部駅まで送る。今日と明日とは大変だ。散らかし放題の娘さんの伏見区のアパートから中京区のアパートへ引っ越し作業。
年度末に急な引越し。アリさんの引越し社?も年度末は大忙し。30日の夕方から引っ越すとか。それまでに小物や不要物の整理をしなくてはならない。3月7日に卒論発表会から、卒業旅行、追い出しコンパ、就職決定が3月下旬、卒業式は25日。じゃ~致し方ないが、とにかく部屋の整理も何も出来ていない。子どものまま社会へ。通用するの?

心配だがいつかは飛び立ってもらわねば。最後のお手伝いやで~。で家内は今日から、私は明日一杯かかって引越し作業。その前にやることやっておかないと。

朝のご挨拶。寒い。鳥ケ坪交差点。帰宅して朝食。午前中議会だよりの賛成討論原稿を作成し議会事務局へ送る。市役所は人事異動の内示があったようだ。毎年興味を持っていたが、市役所を退職して5年にもなると、興味も薄れるものだ。内示が何日にあったのかも後で気がつくほどになってしまった。誰が課長になったのかも徐々に「そうか」程度の驚きしかなくなってしまった。同年齢の職員もボチボチ退職年齢。後輩の人事に多少の興味はあるが、「頑張ってくれよ」といったところか。

それよりも自治会長さんや自治会連合会長さんのほうがどうしても興味の対象になる。これからのまちづくりや課題解決に自治会長さんはなくてはならない。一緒にまちづくりを進めるパートナーのような存在だ。

午後1時からポスターの張替え作業1時間。その後K美チャン事務所へ。新聞広告の原稿について協議。再び相生事務所で午後5時まで。

一旦帰宅し、カレーライスを作り早食。午後7時半から第10支部の役員会。凄い。資料が足らなくなるくらい来て下さった。K川支部長の開会挨拶に続いて、A藤さんの情勢報告、K原君の質疑応答。うんうんいけてるぞー。最後はT橋顧問の「激」で皆さんヤル気満々に。意気軒昂の第10支部役員会だった。今日はKのつく人に助けられた。
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by ando-ayabe | 2011-03-29 23:07 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

書評

3月28日(月)
子ども達も春休み。今朝は、クスリがないので、朝食を抜いてかかりつけ医のY村医院へ徒歩で行こうと思ったが、よくよく考えれば今朝は午前中に処理案件が山ほどたまっている。徒歩は止めて、自家用車に変更~。

何せ、メモしておかなければ何処かで忘れてしまうに違いないと、午前中の行動についてメモをしてから行動開始。
午前9時スタート
①ヒットライフY田へ行く。自治会の防犯灯の球の交換代金を支払う。
②自治会長宅へ行き、公会堂の火災保険の申し込み用紙を入手。
③Y田印刷へ行き、町区の義援金袋の印刷代を支払う。
④青野町の白瀬橋付近のアパート50戸をポスティング。
⑤かかりつけ医のY村医院へ行き血液検査。更に励めよか~。花粉症のクスリも貰う。
⑥H文具で「檄文」をプリント注文
⑦了円寺青年部文書を会員3人宅へ持参。
⑧京都北都信用金庫で自治会の振込み、入金記帳、定期預金更新。ちょいと時間がかかったが
⑨市役所へ印鑑証明を貰いに行く。娘の就職に必要なそうな。
⑩Y口副自治会長宅へ行き、お願いしていた賛助会費を頂戴する。
⑪京都銀行・労働金庫へ回って自治会定期預金の記帳

これだけ一気に処理して帰宅は11時40分。ちょうど税会計のY田さんが3月分の自治会費をまとめて会計の私のところへ持参。忙しい。12時半には相生町の事務所へ行かねばならない。
帰宅途中にローソンで購入のカレーパンを食べて朝食と昼食を済ます。事務所へいき、若い人たちの編集力のアドバイス。育てねば。

帰宅して、早速作業に取り掛かる。ちょいと疲労がたまって小一時間眠ってしまった。
午後3時から猛烈に作業を進め、午後4時半過ぎに完了。所定の箇所へメールとファックス。「後はご随意に」と書き添えた。達観。

午後5時前、急に娘の転出届を取りに市役所へ。しばらく議会事務局で待って午後5時過ぎ今度はY原歯科医院で、歯茎の治療。午後6時帰宅し夕食を挟んで、自治会の会計処理をする。定期預金も最近ではいくらも利子がつかないものだ。

それにしても今日はYのつく人によく出会ったものだ。(柳・安・山・吉・柳・山)

月間文春4月号の書評を読んだ。芥川賞の受賞作西村賢太の「苦役列車」について桜庭一樹と麻木久仁子が書いている。書評を読むだけでも評者の厚味がわかる。桜庭一樹の書評にはなかなか深い味がある。

書評ではなかった。「120万人が読んだ芥川賞2作品の波紋」と言うタイトルで、多くの文壇や各界の著名人が2作品の評価をしている。

いずれも鋭い評価が面白い。堀江貴文も面白かった。特に「私もダメな時にはとことんダメな自分を追いつめることにしている。ダメな方向に突き抜ける事で見えてくる道もある」これも面白い言い表し方ではないか。

ダメな時にとことんダメな方向に突き抜けてしまう⇒ま~開き直るってことか。それとも、死んだ気持ちでやれば何でもできる。そこへ行き着くまでの闇の中で先が見えない苦悶の日々に耐え切れなくて、突き抜けた先が秋葉原連続殺人の加藤被告か。それとも、突き抜けた先が、IT企業家か。
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by ando-ayabe | 2011-03-29 01:44 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

龍玉

3月27日(日)
ついに「龍玉」が見つかった。「蒼穹の昴」最終回。清朝の最後。田中裕子の西大后も素晴らしかった。それに「ミセス・チャン」の謎めいた美貌は本当に感嘆する。この日中共同制作の「蒼穹の昴」の魅力の一つだ。それに紫禁城の豪華さは、4千年の歴史を感じずにいられない。中国は「中原」を誰が支配するかの歴史だった。多民族国家。漢人か満人(女真族)か。紀元前からの戦いの歴史。大中国だ。
中国歴史の1800年代から1900年代を学んでみたくなる。

朝8時 前夜の深酒で動けるかと思ったが、良く考えれば蒸留酒が主力だったので、割合すっきりと目覚めた。

朝9時半から青野町の残り100世帯を挨拶回り。正午に終了。青野町にある最上位稲荷神社初午大祭に一緒に参拝。参拝が遅いと叱られたが事情説明で「了解」境内で茶碗お神酒を頂戴し、毎年同じく自治会のことや選挙のこと、市議会のこと色々お話しする。(Y総代から今回の賛成討論は中身が薄かったと指摘。そのとおり。反省しています。すべて私の責任です。)

今年は1組の皆さんの当番。沢山いらっしゃるのでにぎやかな雰囲気だった。TeKeさんやK部長、Y口神社総代、T橋顧問からは、またまた市議責任論で脅かされたり(こりゃいよいよ切腹もんだ)沢山の皆さんとにぎやかに歓談できた。地元の祭り。大切にしたいものだ。

午後3時から、第10支部長と後援会報を仕分け。二人ともお神酒で飲酒運転になる。町区幹事さん宅へ手分けして徒歩で届けに回る。2人ですれば、作業も簡単に出来る。午後5時から2時間ウオーキングも兼ねて、支部役員会の通知文と一緒にチラシを幹事さん宅へ。綾中町のK原さん宅まで歩いて行き。町内の幹事さん宅10軒ほど回る。途中で畑作業のS井さんと本山参りの企画案の話ししたり犬の散歩のA女さんから町内防犯の相談を受けたり、U原最高後援者宅前で力強い激励をいただいたり。私の担当組60戸をポスティング。すっかり夕暮れになった。後は明日。

娘が帰宅していて、夕食を食べ京都へ帰るという。こんな時期に「キムチ鍋」を食べるという。この冬最後と。4月になろうとしているのに、まだ鍋物が普通に食べられる。稲の苗づくりも影響を受けているんじゃないかなー。
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by ando-ayabe | 2011-03-28 00:10 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

主計大鑑

3月25日(土)
今日は、朝から忙しい一日だった。
午前8時 了圓寺の彼岸法要で飾り付けした提灯、幔幕、幟などの後片付けを雪の中行う。青年部は20人ほどおられるが、一番若いのが私で皆さん60~70歳代の青年部。怪我をしないように注意しながら高所作業もする。

9時ごろ終了。一旦帰宅し、スーツに着替え、相生町の選挙事務所開きへ。沢山の方々が出席されていた。溢れかえった事務所。閉会のご挨拶をさせていただいた。

午前11時からは、顧問団会議と支部長会議が近くの公会堂を借りて開催された。期間中のすべての行動計画を説明。熱気に燃えた真剣みを帯びた会議だった。市長選の時にこの会議は実証済み。

午後0時帰宅して昼食。1ヶ月前から前売りチケットを購入していたので、中丹文化会館へ行き、「武士の家計簿」を観る。江戸時代末期の加賀藩算用係の武士が、藩米の横流しを指摘し、不正を正した話や武士の家計を立て直す様子を映画にした映画。斬り合いもないが、当時の様子を窺い知る映画であった。今で言えば役場の財務担当者が出世していく様子を描いている。

江戸時代までは、算用係は下級階層の武士の仕事だったようだ。明治時代になって兵站係(戦争を遂行したり、軍隊を維持するために必要な食糧・武器等の調達係)が必要欠くべからざるものとなってくる。主人公も江戸時代に算用係を蔑んでいたが、明治維新後は、「陸軍主計大鑑」と言う役職に抜擢され、朴訥な父が加賀藩算用係としてひたすら仕事一途に生きてきたことを理解する。

今日政治主導で、財政も進めていくというが、大きな国家財政が政治主導で進むほど我が国財政は単純ではないはず。まして4年に一度、いや、場合によっては数ヶ月に1度替わる様な政治家に国家財政の大鑑を任せることが可能だろうか。事業仕分けだって、素人が見て無駄無理と判断しているだけで、国家的な狙いや壮大な構想のもとの事業もあるはず。

今日の映画は、「今日の政治家自らの家計簿すら「私の知らないこと」で済まされるような人々が、果たして国家財政の主計大鑑としてその任に当たることが出来るのだろうか」ということを考えさせられた。

午後3時半映画終了。午後4時から大島のストア前で、寒風の中「連呼」寒い肌を刺すような風だ。
午後4時半から5時半まで、綾部での演説会の会場毎の配役について調整。ササッと手配いただくご支援者がいていただけるということは本当にありがたい。何事も自分で抱え込んでいては何も出来ない。多くの皆さんの数でご支援いただけるということが幅を広げることになる。

午後6時 了圓寺へ。お寺の青年部の平成23年度総会。9名の参加。読経の後、庫裡で総会。引き続き杉山部長の下で活動する。奉仕の精神に見返りはない。奉仕が出来ることを感謝して活動しようとおもう。それぞれ多忙な身。皆で力を分散しながら行動するときは一気に進めようと思う。

総会後は席を変えて懇親会。初めて「池上線」を歌う。上手く歌えた。「ソラフネ」は下手だった。中島みゆきは難しい。

ま~多忙な(多忙にしているきらいもある)土曜日でした。就寝は午前1時。
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by ando-ayabe | 2011-03-27 22:57 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

温厚篤実

3月22日にしばらくブログを止めようと記載したのだが、多くの皆さんに御覧いただいている。議会報告もしなければならないこともまだある。前言撤回しもうしばらくブログを記入することとしました。正不定期になるかも。批判は甘んじて受けよう。

3月23日(木)綾部小学校の卒業式。寒い朝で、だんだん厳しい天気だが、晴れてはいる。
朝9時 綾部小学校へ。大槻茂夫校長は私と同級生。三郎先生の息子さん。中学校の時英語を教えていただいた。お父さんと同様「温厚篤実」な校長先生。

122人の卒業生は、素晴らしく大きくなった。ちょうど4年前、遊びの城が公民館のメンバーを中心に始めた頃、遊びを一緒にした仲間が今日卒業する。

起立・礼。私語も何もない厳粛な卒業式だった。卒業証書の授与もキビキビして素晴らしかった。卒業生の合唱「旅立ちの日に」は感動して涙してしまった。5年生の由良君と丸岡さんの素晴らしい送辞。卒業生を代表して浦野さんと村上君の答辞も本当に素晴らしいものだった。みんな遊びの城でリーダーシップ取ってくれるよい子ども達だ。

黒谷和紙の卒業証書もすっかり定着し、みんなの良い思いでとなるだろう。

厳粛な中にも暖かい卒業式だった。

午後は1時から議会運営委員会があり3月議会最後の議会運営委員会。午後3時まで議員親交会幹事会も。議員全員で合計36万円の義援金を全国市議会議長会へ送ることも決定。

その後、本屋さんへ本代を支払いに行くと、卒業生の小学の女の子達に出会う。「おめでとう」みんな少女マンガから抜け出てきたような卒業ファッションでキャーキャー言いながらマンガを買いに来たようだ。「お父さんお母さんに卒業証書を見せなよ」「もう見せたもん」「遊びの城のおっちゃん私見とったんやで~」「そうか。また中学校の入学式で出会おな~」と別れる。ふっと子どもを思い出す。

その子ども。3月25日に大学を卒業。いずこも同じの女子大生卒業ファッション(着物と袴)で仲間と共に卒業。後輩の学生達の送り出しにきらきらと輝いて見えた。
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老兵は去るのみ。子どもの「テイクオフ」を夫婦で見送り子育て完了。
それでも育てた者同志、ささやかな「ご苦労さん会」でもやろうと「和久傳」で昼食。
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午後5時。くたびれて帰宅。マッサージ機に乗る妻やサロンパス貼る夫など。さまざま。

それにしても、学長の卒業の式辞は時機を得て素晴らしいものだった。東北・関東大震災で被災され、地域のお年寄り達をはげまし同じ境遇にありながら、共に助け合う小中学高校生を見ていると、子ども達の中にこそ教育の根本が示されていると思った。心を強く持って現場で頑張って欲しいと。

くじけずに自分の信ずるところ、学んできたこと、現場で学ぶこともあわせて、信念をもってそれぞれ人生で生かして欲しい。

女性学長「温厚篤実」ながら、明瞭・明解な式辞だった。
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by ando-ayabe | 2011-03-25 22:29 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

年度末はなにかと

3月22日(火)
久しぶりに朝の見守り隊へ行く。今年初めて、若草寮の交差点までついていく。横断歩道ちゃんと渡ってくれるかどうか。自治会長さんによると、帰宅時は見守り隊もいないので大変便利とか。

その後、マサさんと雑談。頑張れ、頑張れ、頑張れ~。
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午前10時。市役所へ行って公設掲示板の場所の書類を貰いに行き、賛成討論の発言通告書を議会事務局へ提出。掲示板の書類を広報の担当君宅へ持っていく。何事も初めてのときは心配。いつでもアドバイスしますよ~。若いメンバーが育っていくことは必ず将来役に立つ。私は、若い人たちを育てることにあると思っている。一ちょ上がりのおじさんの仕事だ。

 帰る途中、北都信金で自治会通帳残高の記帳して帰宅し、自治会の決算と新年度予算案の作成。まだ数日あるので要領よく準備しないと。3月末から4月は忙しい日が続くから早めの段取りが要点。プライベートでもオフィシャルも多忙の毎日。段取り八分です。

 午後1時から、広報紙の協議のあと自治会賛助会費をいただきに商店を数軒回る。これも3月中にしないと年度が終わってしまう。午後3時半から4時過ぎまで綾部の観光振興についてS監督から依頼事項。明日には何とかしたい。こんな飛び込みもある。再び賛助会費のお願いに回って午後6時。ユ~ラさん宅へ。自治会の相談。

いくら忙しくても花を愛で、自然を肌で感じることは大事です。
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サンシュウ。ピンボケだよ~008.gif
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ツクシ林に見えない?
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パンジーも今が見ごろ

午後9時帰宅。夕食こんな時間になった~。
TVのCMは赤星君と仁科亜季子さんが主役です。ここ数日前からUNHCRのCMも入りだした。

そうそう。ちょっとばかり、忙しくなるし、ややこしいことにもなりますので、しばらくHPへの日記の掲載はオヤスミします。4月中ごろには再開できるでしょう。

お許しください。
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by ando-ayabe | 2011-03-22 22:26 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

暴力装置発言 内閣官房副長官に?

3月20日(日)朝8時半、由良川翁から電話。おっしゃるとおり。これを使わない手は無い。整理して使ってもらおう。

午前9時から了圓寺の春季彼岸法要。当番町区でもあり家内と一緒に御奉仕。家内は料理方。私は、世話役として法要の司会進行。我が当番町区は、川糸町、若松町、西本町、東本町、上町など。皆さん活発にご協力していただく。楽しく当番が出来た。最後には浄敬上人の命名による「チーム笑和」に

法要は、「東北・関東大震災並びに阪神大震災17回忌・平成23年度春季彼岸法要」として浄敬上人により営まれた。80人のご参拝もあり遠くは東京埼玉からもお越しになった。いつもおこしになる東京のSさんも熱心にお越しになる。素晴らしい人だ。

法要最後のご挨拶で、総代さん「今とっても憤りを感じていることがある。それは、大震災で自衛隊が本当に大きな国家の災難に役に立っていてくれているにもかかわらず「暴力装置」と発言した官房長官が再び震災対策の内閣官房副長官になるというニュースだ。自衛隊があればこそ今回の大地震の対応が出来ている。それを「暴力装置」と言い放つ代議士が再び大臣の席につくと言う事があって良いのか?そのような権力の亡者が日本を駄目にしている。」お年寄りの総代さんをそこまで怒らせる政権責任者。
 西田議員が昨日言っていたが、福島原発の自衛隊投入でも、菅直人総理は判断を遅らせ、事故対応のまずさが長引く結果となっている。決断力のない政権にはもう任せられない。

直会には遠方の方も含めて60人が出席。その席でもSさん。東京でご活躍だが、震災の影響で、売上が激減して困っているとおっしゃっていた。Sさんは東京・ミラノ・北京をまたにかけて活躍されている服飾メーカーの若きオーナー。そういえば前日決起集会でお出会いした市内企業の若き経営者も関東方面の工場は生産が半減しているとのこと。経済活動にも暗い影を落とし始めている。

午後2時過ぎ当番を終え、家内がお寺の片付けが済むまで、喫茶MURAKAMIで濱ちゃんと八重乃さんとおかみさんとお話しする。国保料の話や市議会の話しなど、そうそう、「暴力装置」の話もしておいた。濱ちゃんが「今10万人規模の自衛隊が震災対策に使えるのは、米軍が協力していてくれるからで、米軍が沖縄に駐留していなかったら、この日本の危機に乗じて他国が領土侵犯など隙あらばやってくる。」と。なるほどな~。

夕方帰宅。もう花粉の最大発症で、たまらない。夜は再び原稿作成。メール送信。その後、議会の賛成討論の原稿作成。明日中に完成したいが。
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by ando-ayabe | 2011-03-20 22:58 | 日々の生活 | Trackback | Comments(2)  

1年前を思い出す

1月19日(土)午前10時中丹文化会館で四方源太郎後援会の総決起集会。会場へ行くともう若い人を中心に準備が完了していた。素晴らしい。完璧。当日の準備には30人がミーティング。てきぱきと動ける。若い人たちは頼もしい。

開会までの時間、広報紙の割り付けほかを哲ちゃんと協議。今回は体制も充実し、作業分担もスムーズ。4年前との違いを肌で感じる。1年前の山崎市長の選挙の経験値が生かされているのだろう。

午後1時。会場にはぞくぞくと人の波が、1年前不安に感じながら中丹文化会館で山崎市長の決起集会をしたときのことを思い出す。確か前原代議士(外国人違法献金問題で外務大臣をあっという間に辞任した京都の民主党の代議士)と福山哲郎参議院議員(漢字検定協会に有利な働きかけを文科省にしていたと言われている議員)と現職府議会議員が駅頭で街宣車の上に乗り「今この民主党政権の風に乗らないと綾部市には補助金は来ませんよ~」「綾部市長と府議と私(前原・福山)で、ちゃんとやります。今この政権党の風に乗り遅れると綾部市は落ち込んでしまいます。よそ者には市長は出来ません」と言い放っていたな~。

夢のようだ。でも忘れてはいけない。しっかりと思い出して、しっかりと思い出してくださいね。
本当に綾部市は国から補助金がこなくなったのか。子ども手当なんか5億円もの国庫補助金を無理やり押し付けてきています。選挙のときは何を言っても許されるなんて思っているのでしょうか。選挙民をあまりにバカにしていると思いませんか?

午後5時前に決起集会は成功裏に終了した。急いで、テープ起こし。しかし長時間壇上にいて疲れがでて、午後9時睡魔に襲われ、眠ってしまう。

午後1時半目が醒めて、事務室で、テープ起こしをしてメールで事務局長に送り、午後3時から眠る。ちょっと副交感神経と交感神経がおかしくなったのかも。
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by ando-ayabe | 2011-03-20 22:20 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

写し画

毎日議会予算委員会で忙しくしていて、ブログを書く時間もなかった。
18日ようやく総合計画審査特別委員会が午後2時に終了し議会は山を越えた。予算委員会での採決は17日午後行われ、一般会計と、国保・上水道・後期高齢者医療の3特別会計、合計4議案は共産党議員団の反対により多数決可決となった。

また、今日開催された「総合計画審査特別委員会」では議第34号の第5次総合計画議案は同様共産党議員団が基本的人権の項目中の同和問題や人権福祉センターの記述に関して異議を唱え、多数決議決となった。

この議会を通して、改めて、二元代表制といいながら、一方の首長と議会との「質」の違いを思い知らされた。

自分達が最終決定をするという自覚を持っていてくれるのだろうか。そんな疑問が湧いてくる場面も。改めて、議員の資質・議会の議決権の難しさを思い知った。

「質の高い議会」を求めることのほうが無理なのかな~と改めてため息も。
議会だけでなく、住民組織の代表の集まりでも同様の事が言えた。色々な考えの人々の集まりが「社会」なのだが。悪口雑言は良くない。なんでもありではない。公式の立場で公式の場で提案している話。丁寧に対応するのはどの席でも同様だ。

議会は住民の「鏡」「写し画」また、住民の「写し画」も議会か~。仕方ないか。

議会は住民の代表機関なのだから、責任と自覚を持って議決権を行使して欲しい。そのためには、議会での質問や議論は絶対必須卯条件。
しかし、言い放かし無責任発言、質問権放棄、感謝感激お礼、我田引水などなど。

議会終了後、東神宮寺の自治会長さんと市道の調査。ホッとするひととき。
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これが市道です。街なかにもこんな未整備の市道がある。

青野町に完成した信号機2機の現地の状況確認。長年PTAの役員さんや、安藤のブログを御覧の読者さんからの希望が実現した。青野地区からは綾部小学校に100人の子どもが通う。ほとんどの子ども達はこの横断歩道を渡る。整備に尽力いただいた関係者に御礼申し上げます。
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昨年「公募型公共事業」で地元自治会長さんと綾部市へ提案。採択され今日工事が完了。若草寮の前は、自動車が通行しやすいように交差点改良もしていただいた。もう1機は、山下石油GS青野町給油所交差点。この場所も見通しの悪い交差点で、事故が時折発生する。
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この2箇所の信号設置。府議会議員選挙のチラシで「私が、私が、私がやりましたチラシ」が最近配布されているが、その「私がさん」はまったく関与していません。
少なくともこの案件(この案件以外もほとんどの案件)は、関係する地元自治会長さんや子ども会のお母さんの要望を書類にして綾部市へ提案し「公募型公共事業」として京都府が採択したものです。
蛇足ながら。

あ~っと、川糸町のローソン前の交差点改良も田野町の斎場前の府道改修と田野川の河川改修も、23年度に工事着手される府道の山陰本線若松町跨線橋の改良も同様関わっておられませんので~。008.gif
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by ando-ayabe | 2011-03-18 17:11 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

支援の輪

3月15日(火)
近畿市議会議長会は300万円の義援金を送付することを決定。
今日も3月議会予算委員会2日目。農林業費から再開。

午後3時。議長と自治会連合会会長会に出席。議会報告会について協力を要請。
役所へ帰って、引き続き予算審議。午後4時50分。2日目の予算審議は終了。一般会計は終了。

一旦帰宅して、夕食後、午後7時から新事務所で正副会長会議。午後9時ちょっと長かったが、皆その気になってきた。

テレビでは、世界各国からの支援の輪が広がっている。アメリカでは、「オペレーション・トモダチ」という作戦で、第8艦隊の空母など、世界各国の医療団や救助支援部隊が日本へ。

日頃は世界各地で、日本の救助隊が地道な活動をしてきた。そのことを世界は良く知っている。
韓国・中国・台湾・インドネシア・カナダ・アメリカ合衆国・フランス・スイス・ドイツなどなど世界各国が支援の輪を広げつつある。感謝だ。

国民も計画停電に文句など言わず、今は、皆が協力し合うときだ。
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by ando-ayabe | 2011-03-15 22:40 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)