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整理三昧

1月31日(日)
久しぶりの全休になった。朝それでも、8時前には食事をして、政治番組を10時ぐらいまで観る。11時半まで政府・与党首脳協議?

午後は、自治会の収支差引簿・予算差引簿への記帳。2ヶ月も放って置いたので大変だった。自治会関係の会計整理で半日暮れた。来客が5件。

夕方、書類整理をするため、書類入れのBOXを買いに街へ出かける。街は暗く人も余り動いていないようだった。寒い風が吹いていた。ボチボチ通常の生活に戻ろう。まだ咳が止まらない。ついウトウトしてしまう。まだ本調子ではないのかな~

夜に滋賀県高島市のM市議から祝電が入った。昨年11月中旬、滋賀県の研修所で社会福祉の研修会にご一緒した市議さん。覚えていてくださったんだ。

明日の朝からは、見守り隊にも行こう。
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by ando-ayabe | 2010-01-31 23:17 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

人間皆兄弟

1月30日(金)
午前10時川糸町の方のお葬式に参列。まだお若いのに本当に残念な方がお亡くなりになった。スポーツマンで、厳しい鍛錬をされている方だった。

運命は非常だ。人間は何時どんな時に命が尽きるか予測も出来ない。ひと時ひと時を充実し・大切にして生きることのみだ。今こうしてブログを書いている時も、災害・身体の異変は襲ってくるかもわからない。

高齢になるほどその危険度は増してくる。充実した毎日を送ること。日常のいさかいや争いは、「蝸牛角上の争」程度で、もっと心を大きくもってつまらぬ争いに時間を費やさず、人生の素晴らしさを味わうことだ。人間の命は、広い宇宙から見れば「塵」のようでもあるし、また人生は「石火光中」(一瞬の火花くらいの時間)だ。と菜根譚には記されている。

しかし、毎日の諍いや争いの中でも「蝸牛角上の争い」で済まされないことがある。例えば「人権侵害」人間同志毎日接しながら生きていくうえで、最低限犯してはならない基本的な生き方であり、人として認め合えることこそが、瞬く間の人生の中にあって心豊に生活できる基本だろう。

基本的な人権を守ることは人間として当然果たさねばならない事柄で、それを守るためには、全ての政党政派が取り組まねば成らない問題であることに変わりはない。

午後 部落解法同盟綾部地区協議会の「2010年荊冠旗びらき」が開催され出席させていただいた。

四方綾部市長はご挨拶の中で、基本的人権を守るための運動は、政党・政派以前の全ての団体・個人が取り組まねばならない運動と話された。

私ももっともだと思った。創政会(木下、田中、塩見、安藤)・民政会(川北、白猪、森永)の市議が参加。「人間皆兄弟」の思想の元に、四方市長は引退に臨んで今後ライフワークとして、引き続き人権問題を取り組んでいくと新聞にも話しておられた。綾部にとっていや日本でもまれな素晴らしい政治家が31日で、引退される。
私にとっても、2期8年市長と仕事をご一緒させていただいた。桜が丘団地や市の工業団地の販売、企業誘致、産業観光振興など市長のリーダーシップの元に取り組ませてもらえた。途中には苦しいこともあったが、結果として、住宅用地も順調に販売が進み、工場用地も定期借地制度など自治体では先進的な制度を創設して、誘致が進んだ。京セラの誘致も操業に至るまで大変だった。時には言い争いもした。腹の立つこともあった。しかし8年間。今から思えば充実した日々だった。
 四方市長には「市民のため」を最も先において、私心もなく、100%を市長としての毎日に専念された。だからこそ、目覚しい仕事が出来たのだろう。「あやバス」にしても、「中東和平」にしても「水源の里」にしても、「里山ネット」にしても全国に誇る事業を展開してこれたのではないだろうか。
取り組み方に「豪腕」はあったかもしれないが、その成果は大きく評価できる。「豪腕」でなければならないほど時間は限られていた。「スピード重視」も四方市長の考えの一つだった。3期12年「高邁な理念・思想のもとに、1日1日を戦略を以て仕事を進められた。

そして3期12年では出来ないほど多くの財産を残していただいた。それも、財政再建を遂げ、健全財政に転換しながら、小貝橋・市立病院増築・保健福祉センター・学校耐震工事・豊里小学校新築・黒谷和紙工芸の里・綾部温泉宿泊棟など観光施設の整備・水洗化の飛躍的進展などハード整備に加えて、里山ネット、中東和平プロジェクト、水源の里、また、過去には大きな課題(例えば、国体会場問題や東部観光開発・市営住宅工業団地など)を残されて後任に託された市長もあったが、すっきりと、綺麗に課題も整理されて、後任が取り組みやすいように後事に託すことも明確にされて15期市長を31日退任される。本当にありがとうございました。
これからは、私たちの世代に政治家の良きアドバイザーとして引き続きご指導いただきたいと切に望みます。

午後3時帰宅。
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by ando-ayabe | 2010-01-31 09:54 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

四方綾部市長お疲れ様でした。

1月29日(金)
朝から良い天気です。今日も朝の見守り隊は欠席。やはりまだ、後遺症か。
しかし、処理出来ていない色々な案件を処理しなければならない。午前中はそれらの処理。お寺の檀家さんへの通知。自治会の会計、議会政務調査費の支払い。などなど。

午前中で、準備して、午後は銀行へ残高照会、出入金、支払い回り。これからのことを相談し午後4時四方市長の退任式に出席。多くの市民の方が市長の退庁を労うため、市役所へ。

3期12年間綾部市政の推進役としてご努力いただいた。ありがとうございました。
厳しい財政を切り抜け、四方イズムを定着されたことは素晴らしい功績だ。

谷口市政4期16年間で、大きな基盤整備を整え、そして四方市政3期12年間で、主にソフトを重視され、中味の充実を図られた。「形」の次は「実」を入れられた。それぞれに綾部市政発展の為大きな功績を残されたと思う。特に四方市政下では、職員の意識改革に取り組まれ、一層のサービス機関としての意識の改革の徹底を図られたことは素晴らしい功績だった。

特に職員採用を控えることによって、職員数は、90人近く減少しサービスの質を変えないで、職員の労働生産性を高めたこと。無理無駄の排除で事務作業の省力化も図られた。

中味の充実を図られたことに関しては、環境ごみ減量化へ向け、ゴミ袋の有料化をすすめると共に、資源ごみの回収の充実を図るなど環境行政をすすめられたし、市立病院への一般会計からの繰り出し金を半減(3億円から1億5千万円に)させながら、一方でサービスの質を落とさず、全国で8割の自治体病院が赤字で悩んでいるのに黒字経営を維持しながら、優良自治体病院表彰を2度も受賞された。

これまでのお役所的発想から、民間発想をふんだんに取り入れ、市役所の夜間サービスの充実、施設の指定管理者制度、3セク運営の公共施設の経営など、全国で、3セク赤字に悩んでいるにもかかわらずしっかりと経営管理されてこられた。

職員や社員にもサービスの徹底を推進され、市長が先頭に立って市民サービスをされる姿を幾度となく市民は見てきた。その姿に偽りはなく、滅私の精神で3期12年間市政推進に当たられてきた。

今後は、事務事業自体の見直し、手続きや処理の根本的見直しを図ること・サービス部門の外部委託化(シルバー人材センター活用)や愛知県高浜市のような窓口業務受託会社への委託化など、市役所サービス自体をまったく違う視点から捉えることも新市政の腕の見せどころではないだろうか。

企画・戦略行政は、四方市長のトップダウンによって全国的にも有名となり、大きく進んだものの、その分野の多くが、トップダウンになり、職員の自発的・企画提案能力がやや低下しているように思えるのは私だけだろうか。市長は素晴らしい企画力と発想力を持った人だった。その分職員は依存的思考に陥っていなかっただろうか。

四方市政下ではそれで致し方のない時代だったのかもしれない。そうしなければ従来思考の職員の意識を是正することはできなかったかもしれない。その一方で、トップ判断を最優先する形で、指示待ちになってしまった感がないか。

これからの地方分権時代の綾部市行政の流れを作っていくためには、職員の本来持っている総合企画力・調整能力・創造力を大きく育てることが、山崎新市長の取り組むべきテーマではないだろうか。何事も1人ではできない。職員の総合力が必要だ。セクト的にならず、一つの目的に向かって、関係する部所の職員がプロジェクトを組んで解決する。職員の持っている潜在力を如何に引き出すのか、「山崎カラー」での市政もこれからの問題になる。

一時代を築かれた四方八洲男綾部市長のトップダウン行政は素晴らしいものだった。これからは、それによって養われた職員の「やる気」を如何に伸ばすのか。四方市政で築かれたノウハウを発展させ職員・市民それぞれが自分自身の力で考え、判断し行動することがこれからの新市政の「味」なのかもしれない。

四方市長、ありがとうございました。市役所前の拍手の雨は鳴り止まなかった。午後5時。帰宅。午後6時から川糸町のNさんが急逝されたのでお通夜に参列。
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by ando-ayabe | 2010-01-30 01:17 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

那智山不動明王祭厳修

1月28日(木)今年の不動明王祭は暖かい。天気予報では、4月上旬の気温だとか。


例年参拝している那智山正暦寺「不動明王祭」今年も参拝させていただいた。那智山不動明王は、由緒があり江戸時代に綾部藩九鬼候の祈願所として、参勤交代の安全や領内繁栄、天下安泰を祈願されたと言う。同寺の筆頭総代の四方八洲男さんから説明があった。

田野町中山勝美さんの先達で修験道の入山や厄除けの式が執り行われ、その後、正暦寺玉川正信住職の導師で、真言宗各寺院様のご祈祷、般若心経読経、檀家の皆さんの御詠歌が厳かに行われた。

今年は、朝まで雨が降り、式の途中も降雨に見舞われたが、無事祈願法要が行われた。私も家内安全・子どもの学問成就など護摩木に記入しご祈祷していただいた。

その後、本堂で、交通事故物故者追悼会法要が行われ焼香させていただいた。庫裡では、交通安全講習会があり、西村交通課長さんから、丁寧な講演を頂戴した。

内容は、昨年の交通事故死が、京都府で、101人となったこと。一昨年の91人から10人増加しているものの、歴代2番目に低い数字とか。一番多い年は、360人に達したこともあったと。(昭和45~50年当時)
そのあとドライバーの注意事項、歩行者の注意事項を3項目聞いた。あやべの交通事故死は昨年1件。今年は1月2日に80歳代の方が、道路横断中にはねられ死亡されたとか。薄暮の時間が一番危ないので、ライトの上げ下げをしっかりして前方を注意して欲しいとのことだった。

油断大敵。歳を取るほど判断力は鈍っている。要注意です。

正暦寺名物の「大根炊き」も2杯も頂戴し、般若湯も頂戴し、自動車を置いて、徒歩で帰宅した。(ま~例年のことだが。)で、大本節分祭の準備も着々と進んでいた。
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道路工事も市民の皆さんの要望を行政に要請した案件が、着々と進んでいた。もう少しすれば、道路環境も良くなって、事故件数も減るのではないだろうか。そんな期待を持ちながら、交通難所の改良を眺めた。

午後1時帰宅したら、玄関先はもう節分。2月に模様替えされていた。日本には色々な四季の移ろいがある。四季を感じつつ生活できることは本当にありがたいことだ。
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by ando-ayabe | 2010-01-28 18:31 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

安堵の声

1月27日(水)今朝は良く冷え込んだ。手水鉢にもツララ
新年飾りももう終了。2月は近い。
凍った地面にはツクシが顔を出している。
今朝は地元の皆さんから「おはようございます。」「良かったな~心配やった。」
12時にはひさしぶりに奥上林へ。あやべ温泉で昼食。空はとっても澄み切って、山の木々は枯れているものの、なんだか桃色になりつつある。芽吹きの予感だ。
山家へ行った。照用橋の袂の石の道祖神。誰の御霊か?日陰に入ると急に寒くなった。
午後7時まで、片付け。くたびれた。
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by ando-ayabe | 2010-01-27 21:45 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

余韻

1月25日(月)
25日朝、寒気がするが、事務所の片づけがある。微熱があったが、背中にホッカイロを貼って、事務所へ。
まだ、事務所には、昨夜の勝利の喜び、熱気が残っているような、そんな気配がする。

片付けも勢いが付く。11時ごろにはほぼ片づけが済んだ。町内の喫茶店で、副会長と休憩。午後0時半帰宅して昼食。午後1時半から綾部天満宮でお祭りしておられた近隣の方々にご迷惑をお詫びし祈願満願お礼参拝「ご苦労さんでしたね~」「お疲れが出ませんように」と労いの言葉もかけてもらえた。ありがたいことだ。こちらこそ大変お世話になったり、朝早くからにぎやかであったろうに。

午後4時安村医院へ行き、風邪薬を貰う。帰宅して、コタツでうとうと。まだ疲れが残っているのかな~。
午後5時KBSと午後6時NHKのテレビに山崎新市長が映っている。今日は午後、京都へ出向いていただいた。午後7時半。自治会三役会議へ。山口副会長もお疲れなのか早々に会議は終了。

私も疲労困憊で、他の役員さんの話もうつろ。早々に帰って、腰湯をして就寝。

1月26日(火)
今朝は、早くから、初登庁式の件で、市役所企画・総務と電話で「後援会での祝う会」との調整をする。
2月1日(月)午前8時15分からあやべ太陽の会主催の「初登庁を祝う会」を開催。8時30分からは綾部市主催の登庁式を開催。花束贈呈などがある。

午前9時45分岩鼻さんのお母さんの葬儀に参列。午前12時から30分間で、登庁を祝う会の案内通知文書を作成。源チャンメール送信。

午後1時半から夕方まで聞き取り活動。激励の言葉、要望事項」のお話を聞くことが出来た。今後の市政運営に生かしていかねば。

午後6時終了。寒い夜空だ。「マツバガニづくし」なんか食べたいな~。いやいやしっかりと最後まで、ちゃんとやりきろう。帰る途中に味方の作業場であずかって貰っているベニヤや木杭の整理が出来ていた。渡辺さんがちゃんとして下さったのだろうか。

夕食後自治会の組長会議。あっという間に終了。その後、すぐに帰宅。まだ疲れているのか?
徐々に身体が慣れるはず。
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by ando-ayabe | 2010-01-26 22:43 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

第16代綾部市長に山崎ぜんやさん

1月24日(日)
万歳・万歳の中、山崎ぜんやさんが現われた。選挙事務所は多くの支援者の喜びの声で一色だった。
しんどかった。とても不安だ山崎さんの考えが市民のかたがたに理解していただけるか。

最後の最後まで心配だった。開票がはじまったのは午後9時15分。10時間際に、山崎優勢との情報。ホッとした。本当にホッとした。

山崎ぜんや 11,900票
梅原あきら   5,830票
渡辺ようこ   3,789票

投票率は70.66パーセント。

落選の2候補の合計よりも多い得票。過半数を制した。人物本位の判断をいただけた。大勝と新聞は書いている。

山崎さん以外には、四方市政の後の舵取りはできない。もし万が一のことがあったら、市立病院の経営はどうなるだろうか。何億円もの医療機器を導入しなければならない。そんなとき、将来の病院経営に及ぼす影響は?そんなことが他の候補に判断できるだろうか。いい加減な決断をされたらたまらない。任期の間に病院が傾きかけたらどうしよう。10年・20年、財政を立て直すには時間がかかる。3セクの経営判断は梅原さんや渡辺さんに出来るのか?

そんな不安。なんとしても、市民の生命と財産を守るために山崎さんでなければ、市政の舵取りは出来ない。
必死で陣営を引き締める。「厳しい」「1500票負けている」情報は厳しいものばかり。最後の最後まで陣営を引き締め、市民のために絶対負けられない選挙と気を引き締める。1分1秒無駄にできない。

外では、FMの放送を聴いていたのか、もう歓声が。よし、今から「山崎ぜんや市長選挙勝利集会」に切り替えよう。近隣自治体の首長も祝福に来場。

握手の1時間。「万歳」「万歳」「万歳」祝福の余韻はいつまでも続いた。本当に良かったと思う。

咽に異変が、真っ赤に腫れて、水が唾が咽を通らない。風邪か?疲れが出たのか。帰宅後すぐに就寝。

緊張の糸が緩んだのか、心地よい微熱と倦怠感。
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by ando-ayabe | 2010-01-25 21:27 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

只今ブログがかける状態ではありません。

毎日忙しくブログは、24日以降に再開します。お許しください。

とにかく忙しい。もうすぐ、日の出か?
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by ando-ayabe | 2010-01-21 02:25 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

一党独裁(ヒトラー)

1月16日(土)朝から雪 降り込むウムウム

今朝は朝からいたるところで、街頭宣伝カーや2人一組のなにやら、綾部の人でもない人々が蠢いている。
そこかしこで、ハンドマイクを持って、原稿を手に、なにやら綾部の事情も知らない人々が道を聞きながら、そこそこで、○○の政策をよろしくと。オレンジヤッケを着て位田の街道で4人ほどが。思わず「ピピッ」あれー。間違いか~。

午前中はポスターはがし。ほとんど剥がしてもらえた。明日からは、あのポスターが貼ってあれば、選挙違反。ちゃんと剥がしただろうか。他の候補のポスターはまだたくさん残っているようだ。

ちょっと右よりの労働組合支部の街宣車が、「○○をよろしく。○○をよろしくと、連呼しまくっていた。」連呼はいいのかな~?

いよいよ、小沢幹事長に司直の手が伸びそうな気配だ。政治で権力を一手に握っていると、幾らでもお金が集まるのだろう。これまで、国民は、それぞれ、色々な団体が、政治家個人を頼ったり、直接省庁へ、陳情したり、要望をしていたが、これからは、小沢幹事長の最終決裁がなければ政策として実現しないシステムになるそうだ。

とすると、これまで以上に、一層小沢さんの取り巻きにお金が集中することになる。民主党いや小沢個人(陸山会)に献金しないと国民の要望は実現しないシステムをつくろうとしているのが今の民主党政権。そこに尻尾を振らないと仕事ができないと言うことになる。

まるで、中国共産党や北朝鮮と同じではないだろうか?民主主義の崩壊かもしれない。

嘘を嘘で塗り固める。デジャブ
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by ando-ayabe | 2010-01-16 20:25 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

成人の大人に贈る

成人の日のおとなたちは、まだ、子どもの様子を残しながら、節目を迎えた。
それでも成人の挨拶は、育ててくれた、家族や社会に感謝の言葉を残してくれた。

自分ひとりで育ったのではないことを、照れくさいけど素直に言える。
「ありがとう」と言ってくれる。家族はその一言で充分だろう。

これからは、1人で色々な波を乗り越えていってくれることだろう。
たくましくなったと関心しながら、寂しい。

全ての動物がそうであるように、親離れしたら
1人で苦難を乗り越えていく。生き物の宿命。

人間は心があるから、その分大変だ。
しかし、その分喜びもまた大きい。

社会と政治のかかわりも学んで欲しい。
自分達の生活が、政治と大きく関わっていることを。

そして、しっかりと政治に参加することを
社会の成り立ちはすべて、政治の歴史だ。

古代大和国家から今日まで、政治のシステムが変わっても、
為政者が作ったルールに基づいて動いている。

為政者の判断はある意味、多くの人間の運命を左右する
為政者は「清廉潔白」で『孤独」でなければならない。

誰のための政治をおこなうのか。
何を目的に政治をおこなうのか。

「恨み」「怨念」や「情け」で為政者を決めてはならない。
政治はみんなのものだから。

冷静に誰が為政者として適任か、冷静に政策や本人の政治姿勢を見極めて
これからの4年間を託す人を決めたい。
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by ando-ayabe | 2010-01-13 08:10 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)