2017年 05月 15日 ( 1 )

 

市道青野豊里線 供用開始

今日は、5月にふさわしい気候になった。

午前9時 自宅を出発。自宅近くのお墓に眠られている元青野町自治会長を訪ね黙祷をささげ「市道青野豊里線が開通しましたよ」と報告する。

平成8年 当時の市長谷口昭二市長の命を受け、当時44歳 都市整備課長就任後の私は、元綾部市消防長で青野自治会長をしておられた藤山行雄氏を訪ねた。平成3・4年ごろから青野自治会に要請していたが、地元のご理解が得られず停滞してきた本市のまちづくりにとっての懸案を解決するべく再度のお願いに上がった。そもそも都市整備課とは都市計画課から事業分野だけを分離して事業推進させる前線部隊の様な部所を市長が機構改革で作り、その初代課長に事務屋の私を任命したのだが。
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 綾部市のまちづくりの懸案の一つ、グンゼの東側の市道西町青野線(今や綾部市の幹線)と青野井倉線の交差点(由良ビルやGS前の交差点)を拡幅改良するためにはグンゼの店「ふくわ」(現在のローソン西町店近辺)の立ち退きや用地の提供が必要だったのだが、地権者であるグンゼ㈱は「市道青野中央線の一部(グンゼ機械事業部の北側 旧西社宅でグンゼの共同浴場からグンゼの店までの間)をグンゼに返還してほしい」との条件提示があった。当該区間の市道敷はグンゼのもの。そしてその一部に里道が走っている状態だった。地元にすれば「グンゼの土地とは言え旧来から農耕で東西を行き来する里道として、また、地元のせんだん保育園へ子供や孫を送り迎えする大切な生活道路として使ってきた」と、市道廃止とグンゼへの土地返還に難色を示されていた。

そこで、再度、藤山自治会長にお願いをして地元との話し合いの場を持っていただいた。2~3回の交渉を経て、青野中央線に代わる道路として17mに拡幅された市道青野井倉線(都市計画道路本宮豊里線)が代替機能を充分果たすこと。身近な市道青野豊里線(今回拡幅された市立病院西側市道L=3~4m)を将来拡幅改良することなど条件提示をして市道青野中央線の一部廃止をお願いした。

その結果、自治会長の大きなご協力と地元の皆さんのご理解を得て、平成9年に市道青野中央線の一部廃止に同意いただいた。そしてグンゼの絶大なご協力で、グンゼの店の移転補償交渉やグンゼの土地提供も進捗し、グンゼの前の市道西町青野線は立派な綾部の街の賑わいの幹線道路となった。
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その後、条件で整備するとされた市道青野豊里線の整備時期を巡って、歴代自治会長は早期整備を要望。市は財政難等を理由に市道西町青野線の西町踏切の改良後、整備に取り掛かると回答。私も議会で議員就任後約束の履行を求めて何度か質問をしてきた。

そして西町踏切が改良されて数年後、山崎市長就任後の平成23年、整備を進めるとの約束をいただき、調査事業が始まり3年かかって工事も行われようやく今日の完成を迎えた。

その間20年。私が議員になってからも藤山元自治会長は、出合うと「儂もお前も市道青野豊里線が完成するまでは死んでも死に切れんぞ」とおっしゃっておられた。

工事が始まった数年前、持病が悪化しお亡くなりになられた。今朝は墓参しその旨ご報告することができた。あと少し元気で今日を見ていただけたらと残念でならない。

安らかにお休みください。先輩。
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by ando-ayabe | 2017-05-15 23:13 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)