不動明王画像ドイツより帰還

土曜・日曜での行事は二つ。幸い土曜日は、完全休養。

日曜日。午前9時30分に市民センターへ。青野町自治会行事に参加。自治会初めての卓球大会が開催されて、下手くそだが参加することに意義あり。でラケット一枚で参加。皆さんと楽しく卓球をすることができた。約50人参加。将来の張本君のような少年から、ママさん卓球選手など和やかに楽しく午前中を過ごす。

お昼前に帰宅してシャワーを浴びて昼食後、館町の楞厳寺へ。ご案内を頂戴して「重要文化財(旧国宝)「絹本着色不動明王像三童子」のレプリカが完成しその報告祭が行われ出席。

明治37年に国宝に指定された楞厳寺のお宝「不動明王の掛け軸」が盗難に遭ったのが、日露戦争の始まった明治45年(1904年)に盗難されたことが判明直ちに盗難届を出したがその後行方知れず。
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その間に、歴代住職も行方を捜されていたのだと思う。平成6年に講談社が発行した「秘蔵日本美術大観」の第8巻の「ケルン編」を偶然開いた住職の眼に盗難に遭って行方不明となっている不動明王の掛け軸が目に留まった。
 ドイツのケルン市東亜美術館に所蔵されていることが判明。その後返還のための署名をしたり、レプリカの制作の依頼をしたりして活動を続けてこられた。当時市長だった四方八洲男さんも文化庁に返還の方法に関して何度か問い合わせをされている。
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ケルン市東亜美術館にどうして所蔵されていたかについては、美術館の当時の館長が日本へ来訪され京都市内の古美術商で取得しドイツに持ち帰られたとのこと。おそらくは、窃盗人が古美術商へ持ち込んだか?それとも、誰かに売却しどこかで所蔵されていたものが何時の時にか古美術商の手に入りそこで館長の目に留まったか。そこからケルンの美術館にわたったものだろう。いずれにしても国際法で一旦正当に取得された品物はその国の所有になるので、返還をしてもらおうと思えば、その国の美術館の善意によるしかないだろう。
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平成6年に原本の所在が判明して以降、楞厳寺でも複製制作を検討されたが資金面で困難だったという。その後、住職のお母さんの実家となる香住の大乗寺(応挙寺)の住職が、たまたま円山応挙の絵画研究に来られていた嵯峨美術大学の佐々木教授に相談をされ、今回のレプリカ制作に至ったとのことだった。

縁と言うものはすごいものだと改めて感心した。おそらくは不動明王の霊力が佐々木教授と楞厳寺を結び付けたものではないかとさえ思う。

何はともあれ、ケルン市東亜美術館の全面的な協力を得て、最新のコピー技術を駆使し寸分狂いの無い規格で同じ色彩のコピーが絹の布地に施され、最高の表装技術で掛け軸となっているとのことだった。

楞厳寺では絹本不動明王画像を大切に所蔵するとともに、原本の里帰り運動をさらに強くするとのことだった。実現するかどうかは不明ながら、鎌倉時代の制作の掛け軸。綾部に存在しておれば、仁王門と共に、国宝として大いに評価されたところだ。綾部の歴史文化の奥の深さがうれしい。

午後4時 帰宅。
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by ando-ayabe | 2017-06-25 22:45 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

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