学ぶこと

6月22日(月)
いよいよ、火曜日から議会本会議一般質問が始まる。
今朝は、子供見守り隊へ出かけ、その後、市民センターに駐車していた車を取に。
朝食後午前中 インターネットブログを作成していたが、完成寸前で、写真貼り付け時に何度もデータ消去になり、最後はサーバーに反応しなくなってインターネットにつながらなくなった。どうなってんのかいな~?
致し方が無いので、読書をして昼食。体調は、前日、K原君と仲良くしすぎて、おなかが絶不調。
午後2時から3時半まで議会事務局で、明日以降の議会対応について事務局と協議。
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先週末に本をいくつか購入。今は主に「新潮45」7月号を読んでいる。なかなか面白い。学びはこんなところからも。一つ紹介すると、ニッポン地形歴史学という4ページもの。「日本文明はなぜ奈良盆地で誕生したのか」これは面白い。

それによると、紀元前後ユーラシア大陸から多くの人々が日本列島にわたってきた。その数は、千人オーダーの人の群れ。なぜそのように多くの人々が渡ってきたのかは諸説あるが、大陸の暴力から逃げてきたのではないかと言う。大陸の歴史は、次々と湧き上がる暴力の連続であった。極東の海に浮かぶ列島に不老不死の薬草があると決死の覚悟で船に飛び乗った『徐福』の物語も大陸の暴力から逃げる口実だったのだろう。
大陸に最も近い土地は九州。九州はいったん渡来した人々の玄関口となったが、しかし九州は大陸の暴力の騒音が聞こえ、安心できなかったのだろう。あるものは、日本海を出雲や丹後へ移動し、あるものは、瀬戸内を機内まで移動したのだろう。

そして奈良盆地にたどり着いた。と書かれている。話しは続くが、古代へのロマンが広がる話で、それも地形から現実的な推理には納得する。条里制を敷いたことなど、奈良盆地の各地に宮殿が設置される。明日香京、藤原京、平城京へと連なる。奈良盆地には曲がりくねっていた河川が水路のように直線になり、新田開発が進み、条里制村落も生まれる。

日本人の誕生の一時期を学ぶと、日本人の特質も理解できる。多くは、協調性があって、争いを好まず穏やかに暮らしている。聖徳太子の頃「和を以て貴しとなす」と17条憲法に謳われているが、「和」とは抽象的な意味ではなく、開発された水田は「和して分かち合う」「和」なのではないかと言う。取り合いせずに「分かち合え」との意味だと。大陸では常に富は戦って獲得するものだが、富をシェアする心が日本人にはその当時から生まれていたとする。

納得。






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by ando-ayabe | 2015-06-22 21:33 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

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