忘れない誕生日

前夜遅くまで、街宣コースの検討をしていたら、今朝の仕事を忘れてしまっていた。午前5時に早起き会に行かねばならなかった。しかし、いつも選挙前は許してもらっている。ちょうど4年前もこの時期の早起き会はご遠慮したことを思い出した。
で、午前7時から電話で、井倉町の安村さんが、午後一番に来てほしいとのこと。了解する。

午前8時になった。NHKのテレビはヒロシマに切り替わった。
広島平和記念公園では、平和記念式典が毎年開催される。今から69年前の今日8時6分。広島にB29エノラゲイが飛来。アメリカの許されざる野蛮な無差別爆弾が投下された。それまでも、大都市を中心に、焦土作戦を繰り広げ、われわれ日本人を焼き尽くす、野蛮な攻撃が繰り返されてきた。ついに原子爆弾という絶対使ってはならない放射能爆弾を投下した。14万人の何の罪もない市民が1年以内に死んだ。

広島市長は、戦後平和外交に徹して平和が保てて来たので、今後もその姿勢で二度と戦火が国民に及ばないよう政治に期待した平和宣言を読み上げた。

確かにアメリカの占領下で、日本は海外で人を殺すことなく一国平和主義が保たれてきた。
原爆投下の悲惨さとそれによって二度と戦争をしないという「繰り返さない」という誓いに異議はないが、我が国は、戦争に負けたから何も言わないが、このままで良いのか。

アメリカの無差別爆撃が極東軍事裁判で裁かれることはなかった。長崎や広島。東京大空襲、大阪大空襲で多くの国民は犠牲になった。裁かれたのは戦争を拡大した我が国の政治家や軍人だけで、戦勝国は裁かれることがなかった。それでは戦勝国が正義で、敗戦国は、「悪」で良いのか。

そんなはずはない。昨年アメリカのケネディ大使が広島の平和記念式典に献花されていた。私は憤りを持って見た。戦争は、しないことはもちろんだが、魂まで売ってしまうのは我慢ができない。日本人の尊厳を傷つけられることに怒りを覚える。日本は、早く戦後を脱して、普通の国に戻るべきだ。

再び中国の大国主義が台頭し始めた。かつては、琉球も朝鮮も柵封体制の下で中国の属国となっていた。日本は、大和朝廷時代に柵封体制を脱して、対等な外交関係を築いた。いつ何時、中国という大国がロシアという大国が我が国に触手を伸ばすか知れたものではないと言う、懸念を持ちながら、「まけへんどー」という姿勢を示すためにも、必要最低限の集団的自衛権を保持するのは当然の外交手段だと思う。

5割の国民がそのことに対して説明不足というが、3年前を思い出すことだ。民主党政権下で外交も防衛も危機にさらられたことを。すぐに国民は忘れてしまって「一国平和主義」を夢見ている。またぼやいていた。

広島の平和記念日は、今日は私の63回目の誕生日なのでした。何も特別なことはないのですが、もう63にまでなってしまった。還暦を迎えたので、今は3歳になったつもりで、頑張っている。

娘からはHAPPY何チャラのスタンプのみがLINEできた。

で、午前中は、ハガキを書いたり、自治会費の8月分を集金するための各組長さん宅への書類や集金袋配布の準備作業。今月は13組分だけか。昼が過ぎてしまった。

午後、顧問の安村さんと井倉町役員さん宅にご挨拶。午後3時一旦帰宅。夕方まで鍵探し。もうくたびれること。歳は取りたくない。

敬老会の準備もしながら、8月9日の決起集会に石原軍団の参加動員を幸世さんに頼む。青野町の敬老会対象者は202人か。また増えたのでは。







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by ando-ayabe | 2014-08-06 23:32 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

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