シンポジューム「土・水・火・空」を問う

4月19日(土)
「綾部魅力の会」に誘われて、土曜日はシンポジュームのお手伝いをさせてもらった。1年前、世界救世教鎌倉教会から松田妙子様や、カルト教団の被害の弁護などテレビで有名な紀藤正樹弁護士などが「綾部のパワースポット」について研究に来られた。その際、2日目の京都北部のパワーポイントを訪ねる旅に同行させていただいて以来の御縁で、今度は、関東から200人もの信者さんをお連れになり、綾部で、シンポジュームをお開きになった。不思議な力を秘めた綾部の地で、開催することに大きな意味があるとのこと。

午後1時から、受け付けや会場準備を手伝い午後3時から午後6時までシンポジュームに参加した。
f0111128_15564699.jpg
パネラーは、日本でも高名な宗教学者島薗修氏をはじめ、東京で阿修羅展を企画された興福寺国宝館館長の金子啓明氏、昨年もお越しいただいた紀藤正樹氏、地元から四方八洲男前綾部市長の4人。鎌田東二京都大学教授のコーディネートで宗教的観点から今の社会を見つめ、未来への提案をして行こうとする試みと言うことだった。それと共に、島薗進氏を代表とする「新日本研究所」設立記念の趣旨も込められていた。

それぞれのパネラーのお話を聞いていたが、私のような凡人には理解を越えたパネルディスカッションだった。

宗教は、例えば、私が信ずる仏教の精神と、例えばキリスト教の教えには異なりがある。かつて、仏教が栄えた時代に民衆の心をつかんでいたかどうかは、疑問も残る。当時キリスト教が耶蘇教として日本人の心にも浸透していった。そこには、既存仏教が衆生を救済していないという現実があったのではないだろうか。

ちょうど今、テレビで「黒田官兵衛」を放送中だ。比叡山の僧兵と織田信長との闘いをはじめ、一向宗石山本願寺での戦い。イエズス会が静かに布教を広めていた時代。しかしその後、豊臣秀吉によってキリスト教弾圧が。権力者は武力によって宗教弾圧をする。

明治時代には、廃仏毀釈によって国家神道を広めた。言わば権力者の思う国造りのために、宗教を利用したと私は考える。本来宗教とは、衆生の心の救済を目的としているのであって、権力者の想う国造りに利用されるべきものではない。

二度の大本弾圧の地綾部をもっと世界に知らしめるべきだと、紀藤弁護士が話された。国家権力にとって意にそわない宗教は、戦前には弾圧の対象とされた。そして、現在でも、世界各地で宗教上の争いは絶えることが無い。今日のシンポジュームでは、世界連邦都市綾部の意義や仏像阿修羅と宮沢賢治の類似性など、難解な話だった。

「山川草木悉皆成仏」全てのものに霊はあり、そのことを認め、感謝をすることから仏教は始まる。オーストラリアでは、牛はたらふく食べてもクジラは駄目だ。まるで、クジラには魂があって、牛には魂が無いと言いたげなキリスト教文化。それよりも、全ての生物いや石ころにまで魂はあってそれぞれ役割を果たしているとする仏教の教えの方が、人類には必要なのではないだろうか。それこそが、天地・万物・宇宙への感謝の心を養うことになる。と思うのだが。

午後6時 了圓寺の青年部の定期総会がお寺と亀甲家であったので参加。活動計画を協議し、宴席に移り、お願いをしたりお話しをしたり。午後11時お開き。

4月20日(日)
 昼前から家内の姪の結婚式が福知山であり、家族で出席。新しい親戚が近くにできた。近々、私の同級生とも回り回って親戚になるとか。嬉しいことだ。若い人たちが企画した披露宴は楽しい。パターゴルフ大会まであって来賓も親族も一緒となった結婚披露宴だった。
f0111128_15574943.jpg
夜は体育協会の総会があったが、欠席。家内の実家へ出かけ、結婚披露宴の二次会。

帰宅は10時。















[PR]

by ando-ayabe | 2014-04-20 23:05 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://andoayabe.exblog.jp/tb/21852533
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 余波 壮行会 >>