元気ですよ~っ

ここ数日「おい病気でもしとったんかと思った」と数人の方からお声がかかった。「えっ?」「ブログ2月25日から休んでるやろ?」
「すいません。元気でぴんぴんしてますよ」と言うことで、ブログをたくさんの方が読んでくださっていることにとても感激しました。議会前で質問の準備や自治会も決算・予算編成の準備に着手したり、雑事が重なり、ブログにまで手が回らなかった。

よ~し今日からは「文章が長い」「誤字が多い」「問題のブログ」と色々言われようが
書くぞ~。元気百倍だ~。

3月議会の私の一般質問の内容から新市民センター建設について思いを書いてみよう。

今回の質問は、新市民センターの建設について。昨日の京都新聞の村尾記者の記事にも書いてあったが、(質問通告は僕の方が早かったが新聞に先に掲載されてしまったのだが、それは良しとして、まさに新聞にも掲載してあった通り、)歴史ある市民センター。「耐震基準に満たないので統合し新しい市民センターを作ります」と簡単に言い切るのは辛いほど、市民センターに思い入れを持っている者として、質問をしようと思っている。

市民センターが建設される前は、熊野神社が、由良川を見下ろすようにあの場所に建っていた。幼心にその熊野神社で遊んだことを記憶している。出口直さんのお手植えの「藤棚」もあった。その隣には、木造の波多野記念館が建っていた。「その隣」と言うのは、今の熊野神社の鳥居さんのあたりから北側に長い建物だった。
f0111128_23044195.jpg
二階には、綾部市立図書館が南向きにあった。1階は、集会場で、板垣退助が演説会でもするような、袖には1階にも2階にも桟敷?があって、それはみごとに立派な建物だった。何鹿郡会誌によると、大正6年から4年かけて、3千人もの養蚕農家の寄付によって建てられたと書かれている。また、市民センターも財政再建中の昭和33年から建設に着手され、起債と市民の寄付によって造られている。

長岡市長から引き継いだ志賀市長の昭和38年5年の歳月をかけて苦心の末に建設されている。どちらの建物も、貧しかった時代、市民が「貧者の一灯」少しづつ持ち寄って建設資金に充てている。

そんな思いを新しい市民センターに市民が誇りを持てるような建物を作りたいと思うからこそ、慎重かつ丹念な施設づくりをしてほしいと思う。手戻り工事や完成してからこれもしておけばよかったと言う様な事が無いように、慎重にていねいに作り上げてほしいと思うからこそ、質問をしようと思っている。

それと、今まであった市民センターは、多くの市民や利用者の汗と涙の施設で、思い出がいっぱい詰まっている施設だ。市民文化祭では子どもの絵画を一緒に見に行って喜びを分かち合ったこともある。綾部地区公民館の活動などでは、調理室で親子でケーキ作りや柔道場でも夏休み親子工作教室を、地下の中会議室では、寄せ植え教室や市民囲碁大会など多くの市民の活動の場でもあった。
f0111128_23084832.jpg
新しい施設にみんなが思い入れが出来るようにもっともっと建設までの積み上げを大切にしてほしい。

そんな思いで質問をします。火曜日11日最初の質問です。よかったら聴きにきてください。今年は変則的に3階の委員会室で、本会議質問があります。こんな機会は2度とないと思います。











[PR]

by ando-ayabe | 2014-03-07 22:56 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://andoayabe.exblog.jp/tb/21527053
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 未来を語る 難渋の日々 >>