東京繁栄の陰に

岐阜・東京研修の3日間で思った。岐阜駅前のビジネスホテルに宿泊。夕食を取ろうと出かける途中、JR岐阜駅前の商店街を通る。シャッターはもうずっと閉まったままなのだろう。埃にすすけ、看板は欠け、アーケードの照明も消えたまま。これがあのアパレル・繊維産業でにぎわった街なのかと目を疑った。

鼠色のトンネルにも似たシャッター通りの商店街からは冷たい風が吹き出していた。すぐ近くには近代的な岐阜駅ターミナル広場。金色に輝く織田信長像の傍らで、冷たく暗い風が通り抜ける商店街に奇異を感じた。

そのシャッター通り商店街を横切り名鉄岐阜駅の方向へ少し歩くと、ようやく新しい駅前通りのイルミネーションが輝いていた。夕方のウインドウの明るさと帰宅の足を急ぐ人々に少しほっとしたが脳裏には先ほどの薄暗い廃墟と化した旧商店街のコントラストに戸惑う。人のにぎわいも移ろうのは時代と共に致し方のないことか。
翌日、東京へ移動した。表参道、青山、赤坂「東京の街中の繁栄」と「地方の疲弊」をこれほど痛切に感じた旅はなかった。

こんないびつな日本の繁栄。これで良いものか。

19日の厚労省の職員のレクチャーでは、介護保険制度の改正に絡んで、東京近郊の高齢者は、圧倒的に一人住まいの高齢者が多く、高齢者専用賃貸住宅の整備や地域全体での介護・看取りシステムが必要と言う。孤独死を一方で抱える東京もある。
繁栄を謳歌した人々も最後は寂しい。

20日は、出張帰りの日常生活へ。「あんどう新聞」の協力いただいている方へ2月号を持参。その後自民党事務所へ立ち寄り、活力京都の会のポスターの配布を受け、議会事務局で3月議会運営について事務局と協議。午後1時半から綾部地区自治会連合会で「府道広野綾部線」の平成26年度以降の取り組みや役員・負担金について山家地区と京丹波町の議員、役員、事務局からの要請を受け連長と会議に出席。いよいよ府道広野綾部線も綾部の地域が重点になる。法線もまだ未定。多くの知恵を結集して将来の綾部~京丹波の道を創らねばならない。

午後3時。教育委員会事務局へ。意見交換し、帰宅は午後4時。
午後6時半からは、「綾部の魅力の会」に出席。安藤金助の曾孫として関わりを持たせてもらうことに。楽しい話や新しい話、歴史や哲学に接することができて良かった。








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by ando-ayabe | 2014-02-21 09:24 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

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