18号台風

慣れ親しんだ毎日の生活が、一変する。そんなことがいつ何時起こるかもしれない。生き物全てが遭遇するそんな事態。天変地変もその一つだ。

人間はそんな「一変する事態が来ることを予見できないし、予見できていたら、一変しないかもしれない。」

予見できない事態とは?日本各地で発生する竜巻も、土砂災害も、交通事故も、事件事故が予見できたら、一変は起こらない。

台風18号もその一変の一つだ。

16日は、朝から綾部地区の敬老会があるから、段取りを頭に思い描きつつ、15日の午後3時。O社の社長室で、これからの事を相談しながら、「しかし雨が良く降るな~」と一抹の不安を抱きつつ、「明日の朝には雨も上がるだろう」と楽観して午後5時過ぎに帰宅。

日曜日は、テレビの見ものがたくさんある。「八重の桜」「半沢直樹」「馬医」「トンイ」。これらを観続けて、午後0時半。雨音を気にしつつ就寝。

すると、午前1時ごろか(眠気の中で電話を聞くので記憶が定かでない)、西川局長から電話が入り「災害警戒本部を立ち上げました。」「ほどなく「災害対策本部に切り替えました。」うとうとすると電話がはいり、午前2時ごろ(だったと思う)には、携帯の緊急通報。青野町には、消防団の赤いパトライトが注意喚起を呼び掛け、午前3時50分には、ついに、「避難指示」のメールや電携帯電話。もう眠ってはいられない。午前3時50分。まだ半信半疑で、家内に「ちょっと堤防を見てくるわ」と、玄関ドアを開ける。ドアを開けた途端、突然泥臭いにおいが辺りに充満している。急いで自宅前に堤防へ駈け上った。

すると、もう濁流が堤防の下半分をなめていた。何時にない勢いで濁流が直ぐ下を流れている。いつもは稲の波が揺れている堤外地。

直ぐに自宅に戻り家内に「もうそこまで来ている。何時ものように自分で避難してね。僕は、危険個所の調査に出かけます。」と雨合羽とヘルメットを着用して、風雨が強まる闇の中を自宅を後に。

最初に行く場所は決まっている。白瀬橋のたもとにある花庭園だが、いつもと様子が違う。白瀬橋へライトを向けると、もう危険水位に近い。もう花庭園のパーゴラが波に揺られて下流へ流されつつあった。橋脚が少ししか見えない。これは危ない。
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(4時6分撮影)直ぐに、広域農道を西へ。午後4時。既にセブンイレブンの位田橋で通行止め。宮代豊里線を南下し、綾部都市幹線下水路の交差部へ。まだ余裕がある。次に、井倉中央線へまわって日東の本社前を右折し、市道上延井倉線を北へ。児童公園あたりでバリカーが。もうすぐそこまで水が来ていた。ちょうど近くに住むF社長と出会う。眺望のきく場所から古川樋門方向を見たが、日東延工場が水に浮かんでいるように見えた。
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(5時38分撮影)既に、段丘になっている場所まで水は来ていた。古川樋門を何時閉鎖したのか判らないが、由良川の水位を聞くと7m46cmだとか。23号台風の時より高水位だとのこと。このまま推移すると、樋門閉鎖は長時間になり、雨が降り続けば内水が心配だと不安になる。

それにしても、通行止めのバリカーはあるが、係員がいないため、何台か冠水している市道へ突っ込む自家用車もおり、市役所へ電話して係員を派遣するよう連絡する。

その後井倉の段丘沿いの市道井倉大将軍小庄司線を東へ。行き、宮代豊里線へ出て、都市幹線下水路沿いの市道井倉東線を南下。

一度、青野公会堂へ。上田代表や由良自治会長らが自主防災対策本部を立ち上げ、住民への避難誘導を連絡。9月1日の緊急時連絡が大いに役に立った。青野町住民は、避難指示に基づいて、綾部小学校へ200人近く非難したようだ。しかし、青野町自主防災会が避難場所としていた武道館と違っていたことに、住民の一部が戸惑う場面もあった。あとで解決しなければならない問題だ。

組長は、自主防災会の部長と一緒に、組内の高齢者を自家用車で移送したり、避難を各戸に声をかけて回ったり、自主防災会の部長は、避難所で、自治会員の世話をしたりと、自助共助の動きがとれていたようだ。
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再度町内を見て回る。グンゼの北側の地域で、農業用水の支線が溢れて、市道吉美前大塚線が浸水していた。もっと西へ行き、市道井倉中央線サント機工北側の都市下水路と綾部用水が交差する部分では、用水が満水で都市下水路へ、あふれ出していた。
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「おかしい」。農業用水の樋門は由良川取水口を閉鎖しているはずなら、泥水で満水になるはずがない。
何処かで堤外の水が堤内に流れ込んでいると直感した。そこで、井倉町から青野町川糸町と用水路沿いの市道グンゼ裏線から青野豊里線、市道青野延線をさかのぼってみると、一番上流の青野町の青野北1号線横の用水路は既に満水になっている。第1グラウンドの樋門が閉まっていないと確信を持った。
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丹波大橋から第1市民グラウンドへ。由良川本流の濁流が、第1市民グラウンドにあふれ、第1市民グラウンドの堤外と堤内との境の樋門が閉鎖されていない。そのために、大量の濁流が堤外から流入し、堤内地の各所であふれ、一部は床下浸水まで引き起こしていた。
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現場を確認し、直ちに市災害対策本部の高橋主幹へ電話連絡。6時36分。直ちに当該樋門の閉鎖を依頼。午前7時前。ようやく井堰組合の方が樋門を閉鎖。堤内の綾部用水は一気に減水。

井堰組合にすれば、まさか、由良川本流の水が第1市民グラウンドへ溢れることは無いと通常の由良川取水樋門のみ閉鎖しておられたようだ。このような大災害が予測されるときは、高齢化で困っておられる井堰組合の人に樋門管理を任せるのではなく、行政が責任を持つべきだと思った。
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この写真の位置は都市下水路流末井倉町古川の10年確立の水路断面。満水で、一面冠水状態となっている。
ただでさえ、内水処理に難渋している綾部地区。内水対策の系統管理をシッカリとするべきだ。

綾部用水路の管理状況がいたるところで不十分だったためなのか用水の支流が何本か溢れ、青野町・井倉町では数か所で床下浸水した。綾部用水の支流の樋門管理も大雨のときにどうするか、市の樋門管理と一体的に対処法について責任者を決め確認と管理をすることが重要だ。特に住居と農地が混在しており、住居側がどうしても被害を受けることとなる。
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また、青野町の都市下水路樋門では、ポンプ排水が不具合で、広域農道沿線の住宅区画がもう少しで、床下浸水寸前まで。樋門管理の下水道課へ連絡し、ポンプ排水の強化を申し入れた。

午前9時過ぎ、市役所へ出かけ、対策本部で、本部長(市長)や副市長と意見交換。

午前10時青野町公会堂へ戻り、ようやく雨が晴れて、一旦帰宅。

敬老会は中止になったが、敬老記念品の配布作業が残っている。199人への記念品配布。午後3時から1時間。30人の組長さんに公会堂へ参集いただいて配布作業を。おかげで、午後4時過ぎに終了。
その間も、東神宮寺の市道側溝にガレキが堆積して市道上に水があふれていると対処依頼があり、直ちに綾部の現地調査班に連絡して対応をしてもらった。直ぐに対応していただいたようで、職員からその結果についても報告いただいた。

午後4時半から午後7時まで、民生委員さんと自治会役員と、今回の災害の町内の避難誘導のあり方について意見交換。自主防災会の機能は果たしたものの、まだまだ課題も残った。しかし、平成19年に自主防災会を組織して6年が経過し550世帯という大所帯の自治会の危機管理が自治会員の皆さんと共有できていると実感できた。今後組長さんに今回の避難誘導の連絡についてアンケート調査を実施し今後の参考にしたい。

長い一日だった。
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by ando-ayabe | 2013-09-18 09:34 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)  

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