諸悪莫作 衆善奉行   

2012年 11月 08日

今週は日本仏教について。
先日、我が家の祖先が祀られている仏教宗派顕本法華宗の起源となる日蓮宗・日蓮大聖人入滅731回忌法要(御会式と言う)が檀那寺の了圓寺で執り行われ当番町区として奉仕したが、同時に、顕本法華宗の開祖日什大聖師生誕700年を記念して中丹地区へ巡回布教が同寺で開催され、その司会運営を任され、終日ご奉仕させていただいた。
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綾部はもちろん園部や舞鶴から檀信徒約100人が了円寺に参集され、本山から小松正学特命布教師の法話を聞いた。
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日什大聖師は鎌倉時代末期1314年会津芦名家の姻戚の子として生まれ、19歳で比叡山で出家し38歳の若さで、叡山の僧侶3000人の学頭になられ学頭を20年間続けられた超エリート。
58歳から66歳まで故郷会津で天台宗の教えを広められたが、釈迦の教えにある「法華経こそが人々の苦しみを救う道」にもかかわらず、加持祈祷などが世にひろがり、本来人々を救うべき仏教となっていないと疑問を持ち、日蓮が残した書物を改めて学び直し、真の救済の道は、法華経を広めること、そしてそれを実践した日蓮聖人の教えを受け継ぐことと決意され、京都足利義満に改宗を迫り、妙満寺を京都室町に創建。「顕本法華宗」を開祖。78歳まで日蓮の『法華経」の教えをひたすら布教された。との法話を聞いた。
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私のような未熟者には、まだまだ学びが足りない。ましてや、毎日が、四苦八苦煩悩を生きる身体。心の片隅にでも、煩悩を消し去り、謙虚な境地に浸ることができるにはと言うことを常に考える。
せめて、朝には、仏壇の前に坐し「南無妙法蓮華経」の唱題し、夕べには、寝る寸前に「南無妙法蓮華経」を唱題する程度なのだが、不思議と心は落ち着き、安らかな眠りにつくことができる。
 
 聖徳太子の世に「法華経」は伝来したと伝えられている(あまりに有名な話)しかし教典10万巻の仏教にあっても、仏教の教えの神髄は、法華経4巻におさめられると言うその内の方便品、自我偈におさめられていると言う顕本法華宗(日什)の教え。私たち檀家にとっても、とても理解しやすい教典2品。あとは惟「南無妙法蓮華経」を唱えれば心は澄み渡る。

建長2年に書かれた日蓮の報恩抄
日蓮が慈悲広大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外未来までも流布すべし。日本国一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄をふさぎぬ。此の功徳は、伝教天台にも超え、竜樹・迦葉にもすぐれたり。極楽百年の修行は穢土一日の功徳にも及ばず。正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか。是ひとえに日蓮が智のかしこきにはあらず。時のしからしむるのみ。

法要・法話に続いて昼食。午後2時終了。そのあと、当番として、収支清算をして会場片付け。午後5時ようやく一日のご奉仕を終えた。

日蓮の教えを広める在家集団はたくさんある。所謂新興宗教の多くは神道系と仏教系がある。
仏教系では、日蓮宗をベースとしている団体がほとんど。霊友会・立正佼成会・創価学会などなど。

瀬戸内寂聴は、「死の脅威を逃れる道は、迷いのない絶対境地を目指すこと」と語っている。それを、ニルヴァーナ(煩悩を捨さり、悟りを開いた迷いなき絶対境地)というそうで、そのためには、「諸悪莫作 衆善奉行」
「全ての悪しきことをなさず 善いことを行い 自己の心を浄めることーこれが諸々の仏の教えである」と法句教は教えている。

色々な宗派が色々な解釈をして仏教の教えを説いているが、すべてはこれに帰結すると。
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by ando-ayabe | 2012-11-08 11:01 | 日々の生活 | Trackback | Comments(0)

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