綾部市議会議場への国旗掲揚請願 採択

どうして国旗である『日の丸」を愛せない人がいるのだろう。
戦争を体験したわけでもないのに、日の丸⇒軍国主義⇒戦前の自由弾圧⇒戦争⇒南京虐殺⇒....
日の丸⇒朝日⇒美しい⇒サッカーや世界の中の日本の象徴⇒

綾部市議会へ「国旗を市議会議場に掲揚することに対する請願」が市民の皆さまから提出され、その請願の取り扱いについて市議会運営委員会で審議した。委員長は私。

請願者が「日本では自国の国旗を踏みつけても罪にならないが、他国の国旗を侮辱するような行為には罰則がある。中国などは自国国旗を侮辱するだけで投獄される。他国国旗を燃やしても踏みつけても切り裂いても罪にはならない。」

この違い。

戦争を体験して、戦前を知る人なら分からぬでもないが、戦後生まれの人が、戦前のことも知らない人が、なにを理由に国旗である日の丸を尊敬できないのだろう。

誰かに教育・教えてもらったからにほかならない。果たして教えてもらったことが正しいとどうして判断したのだろう。先生に戦前の軍国主義は国民の自由を抑圧した。日の丸の元に天皇陛下の臣民であると言う教育を受けた。戦後憲法で、国民主権が書かれて、人民は自由になった。な~んて、当時の「アカ先生」とみんなが呼んでいた先生によって、授業そっちのけで、敗戦史観を植えつけていった。今から思えば、中学も高校も日本史や世界史の先生は教職員組合の活動家先生だったように思い出す。そのときは「そんなものか。戦前は怖かった。今の日本は自由で良いな~」とか思い込んで戦前に戻っては困る。戦前の日本は悪いことをした。と思い込んで、戦前のことを学ばなくなってしまった。

ここへ来て、戦前のこと昭和史のことを解き明かす、あるいは戦前のことを分析する書物が出始めた。半藤一利さんや藤原正彦氏の書かれている昭和史を読んでみると、これまで、一方側だけの流す情報だけで物事を判断すしてきたと頭野中が、ざーざーと洗い流される感じ。

今の福島原発や電力会社の情報と同様で、一方だけの情報を信じて暮らしてきた日本人。これからはもう一度別の情報も学んで見てはどうだろうか。

『日本人の誇り』で面白い記述がある。
南京大虐殺は事実なのか。あるいは、ポーランド人大虐殺があった『カチンの森』は戦後ナチスの仕業とされてきたがソビエト共産党スターリンの仕業だったこと。

日本は不可侵条約を結んでいたソ連を通じて戦争終結の話を連合国と進めていたが、アメリカは無視をして広島・長崎にハーグ条約(一般国民の生活区域を爆撃しない)に反して無差別殺戮をしたこと。終戦で武装解除している日本軍に対して9月になってソ連は攻撃、北方領土に侵略。ドサクサ紛れに領土を略奪した。

ソ連は日本を共産主義国家にして東日本をソ連領土にしようとして日露不可侵条約を一方的に破棄して参戦(戦争は終わっていたが)もしも今、そのようになっていたら妬思うと、『ぞっ』とする。
カチンの森(ポーランド人を4000名も殺した)を反革命勢力と言う理由だけで殺害するソ連共産党と日本共産党は友党だった。さしずめ、当時生きていたら、私なぞは、ただちに処刑される存在なのだろうう。共産党員にあらずして人間にあらず。粛清を繰り返したソ連共産党。その精神は今にも続いている。情報操作を行い反政府ジャーナリストはいつの間にか事故死している。

歴史をもっと学ぼうではありませんか。戦争への道を歩んだ経過や東京裁判の不当性。アメリカの無差別爆撃の事実。満州と言う国は本当に中国の一部だったのか。リットン調査団の調査内容。読めば読むほどに、これまでの知識が如何に偏っていたのかが分かる。

なにわともあれ、委員会に続いて、7月1日、綾部市議会本会議で、市民の最高意思決定機関である市議会本会議場に国旗を常時掲揚し国旗を敬うことが多数決で決定。共産党議員団のすごい抵抗にあった。怒気を持った言葉を浴びせかけられた。

しかし、良識のある議員の賢明な判断で、決定されました。

反対の理由は、「内心の自由を脅かす」「内心?」国旗を公式な議場に掲揚することが個人の心の中の自由を奪ったことになるのでしょうか?

「国旗に敬礼すること」を強制するとしたら、内心の自由を奪うことになるのでしょう。そんなことは一言も取り決めしていません。ただただ議場に常時掲揚しようと決めただけなのです。

傍聴されていた議員から質問とも見解ともいえないような発言がありました。
「私は小中学校の入学式も卒業式も国歌斉唱では歌いません」と怒気を込めて発言がありました。さすがに、委員会室は、異様な雰囲気になりました。

小中学生は、晴れの式典で、国旗掲揚・国歌斉唱で皆大きな声で斉唱します。しかしその議員は発言の通りです。来賓で出席している議員さんに国歌斉唱を強制しているものではありませんので、内心の自由を侵害したことにはなりません。ただ、子どもや先生は国旗を敬い国歌を斉唱している時に市民の模範である市議会議員の様子を子どもが見たらどう思うでしょうか。(そのことすら内心の自由を脅かしているのだと言われそうです。)

何はともあれ、宮津市・京丹後市・と同じように議場に国旗を掲揚することが決まった。当たり前のことを決めるのにどうしてこれほど疲れるのだろう。民主主義は時間がかかる。
[PR]

by ando-ayabe | 2011-07-01 10:02 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : http://andoayabe.exblog.jp/tb/16214085
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 6月議会終了 浜岡原発後遺症 >>