極めて優秀

朝から曇り空で、少し寒い。調子が悪いが、綾部小学校で実施される綾部分団団長点検へ。
朝少し調べてから行こうと総務省消防庁と消防団員等公務災害補償基金のHPにアクセスする。
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消防団員数は平成12年度は86万8千人在籍しておられたが、年々減少21年度では81万人に。消防団員の過去5年間の公務災害の発生状況を活動態様別に見ると「演習訓練」が60.7%で最も高い。ついで「消火活動」24.3%となっている。

 公務災害の件数は、平成21年度から過去5年間で6541人が災害認定を受け、内「平常時の演習訓練」によるものが4738人となっている。その内の70%は「ポンプ操法訓練」による事故で、無理な動作による下肢の怪我が突出している。例えば3番員が全力で走った際のの「肉離れ」。2番員が振り向きざまに足首を捻挫するなど。急に無理な動作を行った時に発生しているようだ。訓練中の4738人中9人が死亡。ポンプ操法の指導中の「心筋梗塞」や「外傷性くも膜下出血」出初式の行進途中の「脳出血死」など。

 訓練中の次に多いのが、消火活動中が1500人、風水害対策中の事故98人、スポーツ行事中に420人が災害認定されている。

 この5年間(平成17年度~平成21年度)の災害補償基金の対象死亡者は25人で、内9人が演習訓練中、8人が消火活動中、災害現場への往復中に5人が死亡している。疾患別では、心臓疾患が13人、交通事故4人、脳血管系で3人圧死・水死が3人などとなっている。(東日本大地震による災害件数は含まれて居ない。)

東日本大震災に関連して消防団員の皆さんは、自分を還り見ず、家族も置いて消防団員として避難誘導や救助活動され、亡くなったり行方不明の方は、岩手・宮城・福島の3県で、249人(6月1日現在)となっている。痛ましいの極みで、消防団員の献身的な活動のお陰で、私たち市民は安心で安全な生活が過ごせている。(この数値は総務省消防庁のデータ)

消防団員は、日常は仕事に就き、万が一の火災や風水害、など自然災害には、出動し災害対策にあたる。大変危険で厳しい活動。常日頃はほとんどボランティアに近い。保障されているのは「消防団活動による事故に関する障害・療養・死亡・遺族年金などの公務災害補償とわずかな退職金」だけ。

高齢者が増加し、これから益々災害対応が困難になる中、消防団員の待遇改善と、訓練の軽減などを進めないとますます消防団員のなり手がいなくなる。

綾部地区の議員を代表して激励と感謝、怪我の無いよう訓練して欲しいと挨拶をさせていただいた。
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 訓練は凄くキビキビしていて「全力疾走」。自治会長さんやOBの方々が称賛されていたが、結果が出た。団長点検の評価結果は「極めて優秀」だった。おめでとう。そしてご苦労様。
 ここ数年「優秀」が続いていただけに久しぶりに「極めて」が付いた。分団本部と団員全員の気持ちが一つになった賜物だろう。
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後日談。機械部長で元2部部長のk原君が「あんど~さん。『極めて優秀』は一年おきくらいにもろとるで~」とのこと。失礼しました。合わせて、「僕の写真はないんか?」すいません。

 午前11時半。団長点検終了。急いで綾部中学校へ移動。今日は「オープンスクール」。
市民の皆さんの参観フリー。八幡神社の坂道で青野町の中山さんの奥さんに出会う。「もう終わりましたよ」玄関前を通りかかったら、赤井さんと入沢さんに出会う。「午前中は終了したよ。「夢・感動・発見教室」でトリマーさんや梅原歯科の先生などお話くださったけどとても良かったよ」と聞かせてもらった。残念。仕方なく帰宅。教頭先生すいませ~ん。

昼食。午後1時半。川糸町の出口充先生のお葬式でシティホールへ。出口先生は、私が子どもの頃、自宅の隣にお住まいになっていた。「和ちゃん」と気さくに話してくださった。娘さんの郁ちゃんとも子どものころ近所の子ども同士でよく遊んだ。4年前の選挙では、川糸町から体調が悪いのに事務所へ応援に来ていただいた。

 出口充さんのお父さんは亀次郎さんと言って市議会議員をされていた。商工会議所の専務さんだった陽に記憶している。子供のころ亀次郎さんの奥さんのさとさんに丹陽教会の日曜学校へ連れて行ってもらった記憶がある。

 上原幸一先生が、若かりし頃の出口先生と上原先生との両丹のバスケットボール指導の懐かしい弔辞を述べられた。上原幸一先生と言えば家内は豊里中学校のバスケ部だった頃指導を受けたようだ。

 丹陽教会の牧師さんによるキリスト教のお葬式だった。昨年の叔母の葬儀も同様だったが、賛美歌をみんなで歌い故人との思い出をそれぞれ参列者が懐かしむ、穏やかなお葬式だった。

 私は朝からの不調か、式の途中急な腹痛。お見送りをお許しいただいて、急いで帰宅。薬を飲んで静養。夜には、どうにか治まった。30分かけて、お寺の配布物を川糸へ。雨が強くなってきた。
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by ando-ayabe | 2011-06-12 21:05 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

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