慈悲

3月11日
ちょうど参議院予算委員会が行われていた。菅直人総理に対して政治資金規正法に違反する外国人からの寄付について、自民党議員が追求をしているところだった。
14時46分。国会議事堂が揺れた。菅直人総理の答弁に揺れたのではない。

東北地方に未曾有の大地震・津波が発生した。

 本当に恐ろしいことだ。人間が作った科学文明がいかに発展しても、地球の自然現象に勝てるものはない。自然の力の大きさは、サルから進化した人間の知恵ではどうにもならないことを改めて思い知った。そして、その上にまだまだちいさな政界のゴタゴタなどちっぽけ過ぎるということも思い知った

自然災害とは言うものの、被災された皆さん。そして不幸にも犠牲になった方々。心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

どこまで被害が拡大するのかは想像するだに恐ろしい。

3月11日は産業厚生環境委員会で、担当議員でもないので、別の用務を行う。
議会報告会を開催するための調整が連合自治会と必要となってきた。そこで、議会事務局へ電話をし、早急に連合自治会長と協議できるよう調整をを願いする。総務教育建設委員会や産業厚生環境委員会の平成23年度の委員会調査日程が挿入されてきた。早急に日程調整をして、議会報告会日程を確定していかないと議会報告会自体が出来なくなる。

午前10時 議長と一緒に連合自治会長にお出会いする。趣旨説明と協力要請。15日の連合自治会長会で説明できることに。

午後1時綾部中学校の体育館の竣工式に出席。素晴らしい体育館が出来た。昭和36年に建設された旧体育館。耐震診断をしたところ、新築で建設する以上に工事費がかかる。そこで、国の経済対策に乗って、新築することとなった。
工事費は2億5千万円内、国の交付金は1億9千7百万円で通常の国庫補助よりも有利。縦30メートル横22メートル660㎡ノアリーナ。
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新しく完成した体育館
四方前市長(同窓会長)の置き土産。管理棟も耐震工事が完成。M8.8に堪えうる中学校となったのではないか。(しかし自然の脅威は想定外もあるので)
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管理棟の耐震工事も完成
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山崎市長の式辞。市長も綾部中学校卒業生です。
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木下議長の祝辞
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3年生の皆がお礼の合唱

旧体育館は今はないが懐かしい。私も綾部中学校に昭和39年から42年まで学んだ学舎。旧校舎も改築され、唯一残っていた体育館も今回建て替えとなった。しかし、校歌が残っている。
むらさきの 山脈わたり
風かおる 明知の丘に
光みち 生命あふれて
花ひらく わかき学園
ああ母校 綾部中学
あらたなる 理想に燃えて
挙り立ち 道に励まん
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午後3時 京都新聞の小説に五木寛之氏の「親鸞・激動編」という小説が掲載されている。五木寛之氏を招いて中丹文化会館で記念講演会が催された。京都新聞社の主催。こんな田舎に有名な作家の講演が無料で聞ける。ありがたいことだ。
「今を生きる力」と題して1時間半。講演を聞かせていただいた。

戦後の右肩上がりの社会の中で、心のデフレの時代となった。自殺者は3万人を越え、命が安売りされるようになった。一直線の時代から、色々な価値観の時代。

日本人は悲しむ。心から泣くということがなくなった。しかし萎える心は大切にしたい。
1981年の常用漢字の採択は「悠」や「猫」「蛍」など穏やかな漢字。しかし2023年の常用漢字は「怨」「呪」「潰」「萎」「叱」「嫉」「溺」「痩」「罵」など暗いとげとげしい漢字ばかり。
柳田邦夫氏は民俗学者。彼の著書「涕泣史談」の中で、「日本人は昔からよく泣く民族だったが近年泣かなくなった。喜びは、悲しみや悲哀が溜め込まれてこそのもの。悲しむことを真面目に考え悲しいことを語れることが今こそ大事な時代だ。」と。
「慈悲」は仏教の言葉。
哲学者西田幾太郎は「人生の悲哀」と言う本を書いている。
木の枝も硬い枝は少しの雪で折れてしまうが、しなる様な枝は折れない。しなる心こそ大事だ。涙を流したり萎える心の持ち方も大事。悲しい時には大泣きをするくらいの心を表したいものです。
と締めくくられた。

会場は満席。私は議会で常々、文化後援会の開催を提案してきた。私の子供のころは、「文芸春秋講演会だとか、JC主催の文化講演会があった。市民センターの競技場や大本みろく殿でそんな講演会が開催されたものだ。曽野綾子や開高健など小説家が綾部で話が聞けた。最近ではグンゼ記念館で「イカの哲学」の中沢新一氏の講演もあった。
「文化都市・綾部」心を豊に持ちたいものだ。良い話はお金には換えられない。

急いで帰宅しテレビを観たら、東北地震はとんでもない惨事になっていた。出かけたときは午後3時11分。まだ津波が到達していなかった。帰宅したのが午後5時過ぎ。

今夜は一人食べ。マーケットへ行って惣菜を買い夕食を済ます。6時50分。歩いて西町了円寺へ。お寺の青年部で23年度事業計画の協議。
午後9時帰宅。
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by ando-ayabe | 2011-03-12 21:48 | 議員政治活動 | Trackback | Comments(0)  

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